評価 ★★★★★(80点) 全68分
あらすじ 石川県の高校に通う男子高校生・朝屋彼方は、自分が作ったモノで誰かの心を動かしたいという思いにかられ、日々、MV(ミュージック・ビデオ)の制作に没頭していた引用- Wikipedia
2024年ベスト1オリジナルアニメ映画
本作品は劇場オリジナルアニメ作品。
監督はぽぷりか、制作はHurray!×100studio。
68分ほどの短編映画作品。
ポエミー
映画冒頭から主人公のポエミーな語り口から始まる。
青春全開で高校生活を楽しんでいる主人公、
そんな彼は一人部屋にこもりパソコンと向き合い、
自らのクリエイター魂を燃やしている。
この作品は一言で言えばクリエイター、
「何かを作り続ける人」の物語だ。
主人公はミュージックビデオというものに中学生時代に出会い、
そんなMV作成に明け暮れている。
しかし、その行為自体が評価されているわけでもない。
YouTubeに動画を上げても、良くて数百再生、コメントは数件しかない。
それでも彼はめげず、むしろやる気と夢でいっぱいだ。
MVというものが彼自身の自己表現であり、
それがいつか評価されると信じている。
まっすぐで綺羅びやかで青春真っ盛りな主人公は
眩しすぎるほどだ。
彼は夢の中に居て、自分の才能や夢、可能性を信じている。
そんな彼が出会ったのが雨の中で唄うストリートミュージシャンだ。
どこか気だるげな女性、しかし、ハキハキとした歌声と
マイクも使わずに雨の中で唄う様子は主人公だけではなく
見ている私達の心までぎゅっと掴まれるような感覚になるほど
衝撃的だ。
夢見る男子高校生が、「夢を諦めた」女性と出会う。
そんなボーイミーツガールな始まりは、
「新海誠監督」作品を何処か彷彿とさせる。
フルCG
この作品はいわゆるフルCG作品だ。
セルルックで2Dのアニメ的な表現もあるものの、
フルCGだからこそのクセの強さを映画の序盤では感じやすい。
とくにフルCGにありがちな人物のゆれ、動きの硬さなどは
映画中盤でも感じられる部分でもあり、気になる人はいるかも知れない。
しかし、そんなフルCGだからこその表現も生きている。
とくに主人公が中盤でMVを制作するシーンは
フルCGだからこその立体的な映像表現、360度くるくると
人物の周りをカメラが回れるからこそのカメラワークによる
仮想空間の表現は素晴らしいものがある。
MV作成は本来ならパソコンの前で地味な作業になりがちだ、
しかし、この作品はまるでVR空間の中で作業しているような
映像表現にすることで、そんな地味な作業なシーンを
アニメーションとして面白い、迫力のあるシーンに
しっかりと仕上げている。
似たような作品で「映画大好きポンポさん」でも、
編集のシーンでは巨大化したハサミでフィルムをカットするような
まるで戦闘シーンのようなシーンがあったが、
そこまでファンタジーな演出ではなく、
クリエイターの脳内を映すかのような描写で工夫している。
フルCGに関しては癖はあり、全体的な彩度の高さは
ビビットで見る人を選ぶ部分はあるが、
キャラクターデザインはかなり優秀だ。
常にヘッドホンを身に着けている主人公、絵を描いている友人、
バンドを汲んでいる同級生の女子、そして先生。
キャラクター数字帯はかなり少なく、
メインキャラと言えるのは3人で、バンドを汲んでいる女子でさえ
ヒロインではなくサブキャラ的な立ち位置ではあるものの、
その少ないメインキャラをきちんとデザインでもキャラ立ちさせている。
MVづくりをしている主人公、絵を描いている友人、
そして歌を作り、歌い続けてきた「先生」、
この3人がこの物語の主軸だ。
先生
序盤はやや地味ではあるものの「先生」の歌唱シーンで
きちんと心を掴まれる。
雨の中で歌っていた先生、そんな先生が主人公の学校に赴任してきて、
主人公は先生の歌で、先生のMVを作りたくなる。
主人公は青臭いまでに真っ直ぐだ、
自分のMVなら先生の歌をもっと多くの人に届けられる、
先生のMVを作りたい、そんな「衝動」が彼の中にはある。
キラキラと自分の才能と夢を信じてやまない誠意年だ。
しかし、先生は首を縦に振らない。
彼女にとって主人公が見た雨の中でのライブは最後のライブだ。
音楽が好きで、誰かの心を動かしたい、自分の歌ならそれができる。
そう信じてやりつづけてきた。だが、報われなかった。
何度となくライブをし、何度となく音楽を動画サイトに投稿し、
何度となく事務所に自分の曲を送り続けてきた。
100曲目の自身曲でさえ駄目だった。
だからこそ彼女は夢半ばで、その道を諦め教師の道を進んでいる。
夢を諦めた大人の女性と、夢半ばの青年。
この対比がたまらず、思わずニヤニヤしてしまう。
いくら首を横に振られても主人公は諦めることはない。
勝手に彼女の動画をYouTubeから探し出し、MVを作り上げる。
その結果、先生は揺り動かされる。
何時間も、何日も、何年も作り続けた曲が誰からも評価されなかった、
諦めて別の道に進んだ瞬間、主人公が彼女を見つけてくれて、
いくら断ってもMVを作ってきた。
そんな彼の「数分間」のエールという名のMVに彼女も揺り動かされてしまう。
諦めたつもりだったのに、諦めきれていない。
誰にだってそんな思いはあるはずだ。
音楽だけではない、小説、絵、スポーツ、
自らが叶えたい夢を諦めてきた人は多いはずだ。
諦めたつもりでいても、どこかでかつての思いは残り続けている。
それはある意味で青春ではあるものの、
簡単に区切りをつけられるものではない。
「誰かの心を自分の作品で動かしたい」
そんな主人公の思いがかつての先生の思いと重なったからこそ、
主人公にMVづくりを頼むことになる。
100曲目の、夢が叶わなかった思いを漬け込んだ曲のMV。
完成度次第では先生はまた夢に向かって走り始める、
全ては主人公次第だ。
解釈
主人公はひたすらに真っ直ぐだ、
先生の歌を聞き込み、自らの解釈を落とし込み、
彼らしいMVが完成する。
これで先生は再び歌ってくれる、自分のMVが誰かの心を動かせる。
何日も徹夜をして完成した自信作だ。
先生に諦めてほしくない。
それは彼自身の素直な思い出あり、そんな気持ちを彼はMVに詰め込んでいる。
だが、それは残酷な言葉と思いだ。
先生自身も諦めたくはない、だが、現実という壁が大きく
立ちふさがったからこそ、先生は諦めた。
それを主人公は解釈しきれていない。
彼にとって先生は才能に溢れた天才だ、
しかし、そんな才能だけではうまくいかないこともある。
挫折と後悔、諦めた経験のある先生と、
まっすぐに夢に向かって進んでいる少年、
この二人の立場、年齢や経験の差が解釈の違いにつながってしまう。
最高のものが出来たと思ったのに、自信作だったのに、
それが評価されない。
先生の心も、親友の心も、彼のMVは動かすことが出来ない。
彼は「二度目」の挫折を経験することになる
絵
主人公も一度、夢を諦めている。
自分の絵が評価されず、親友の絵は評価され、
親友は美大に向かって絵を書き続けている。
主人公は1度挫折し、自己表現のやり方をMVという形に変えただけだ。
MVならば自分を認めてもらえる、MVなら誰かの心を動かせる。
だが現実は甘くない。
思わず主人公は親友にあたってしまう。
「才能があっていいよなお前は、
色んな人から認められてるもんな」
クリエイターだからこその嫉妬、承認欲求の暴走、
挫折の中で自分が認められなかった思いを吐露してしまう。
何かを作り上げた人ならば1度は経験するような思いだろう、
自分の作品が認められず違う誰かの作品が認められてしまう。
そんな悔しい思いを誰しもが経験している。
それは親友も同じだ。
何十枚も絵を書き続け、何冊ものスケッチブックで練習した。
だが、自分の才能の限界を彼は悟ってしまう。
そんな状況なことを主人公は知らない。
主人公よりも、才能の限界を感じ夢を諦めた親友のほうが
先生の曲を先生の解釈に近い形で飲み込んでいる。
先生にとって100曲目の曲は終わりの歌だ。
自分にはない才能がある先生、自分よりも才能があると持っていた親友。
そんな二人が全身全霊で作ったものが認められず、
挫折し、才能をのろい、現実を噛み締め、諦めてた事実をしる。
それでも主人公は諦めない。
なにものにもなれないなら、努力は無意味なのだろうか。
絵を辞めた友人、歌を辞めた先生、夢をあきらめた二人を前にして、
主人公は諦めずに立ち向かう。
MV
それは彼の自己満足かもしれない。
しかし、彼は「MV」というものに魅入られている。
MVはあくまで曲の宣伝のためのものだ、しかし、
そんなMVをきっかけに曲の解釈が広まり、深まり、
多くの人がその曲をもっと愛してくれるきっかけになる。
そんなMV、それはクリエイターへの賛美だ。
作り続けることを応援したい。
たった数分間のMV、それは彼にとってのエールだ。
先生の最後の歌を始まりの歌にしたい。
彼の思いが詰まったMVは最高のものだ。
先生の物語、そして「親友」の物語、そして自分自身。
彼にしか作ることの出来ないMVに思わず感動してしまう。
先生の歌、友人の絵への思い、主人公のMV。
3人がクリエイターとして作り続け、何度も何度もあがき、
諦め、それでも作り続ける。
その工程が詰め込まれたMVに思わず涙してしまう。
そんなMVをみて先生は再び夢に向かって歩き出す、
作り手としていつか道が交わることもあるかもしれない。
そんな可能性を示唆して映画に幕は降りる。
総評:これはクリエイターへの賛美だ!
全体的に見て非常に濃厚な作品だ。
映画としては68分しかないものの、それゆえに少ない登場人物で
それぞれの夢と挫折を描いており、
クリエイター、何かを作り続ける人、夢を追いかける人への賛美のような
ストーリーには何度も涙腺を刺激されてしまう。
なぜ何かを作り続けるのか。
そんな説いに主人公はあっさりと答えてくれる。
誰かの心を動かしたい、答えとしてはシンプルだが、
それを叶えることは難しい。
そんなクリエイターの努力と後悔を明るい主人公で描きながらも、
彼自身にも挫折の物語があり、MVづくりでも挫折し、
もう1度立ち上がる過程が素晴らしく、
ストレートな物語が突き刺さってしまう。
この作品にはご都合主義な部分がない。
最後に完成したMVでさえ再生回数は数百再生だ、
世間的にバズって主人公も先生も成功する、そんなハッピーエンドではない。
主人公の親友も絵の道は諦めて終わる。
その「現実感」と「夢」に対する思いへのバランスが本当に素晴らしく、
何かを作っている人には強烈に刺さってしまう作品だろう。
フルCGというクセはありつつも、フルCGだからこその
立体的な映像表現は素晴らしく、
普段ヨルシカなどのMVを手掛けている制作会社だからこその、
MVづくりへのおもい、作中のMVの完成度は高く、
「曲」自体のクォリティの高さもあって作品への没入感が凄まじい。
声優さんの演技も本当に素晴らしく、
元気で真っ直ぐな主人公を演ずる花江夏樹さんや、
親友を演ずる内田雄馬、
そしてちょっとダウナーな先生を演ずる「伊瀬茉莉也」さんの演技が、
噛み合うことでキャラクターへの感情移入もより強めてくれる。
惜しむべきは興行収入があまり伸びていないことだ。
映画大好きポンポさんや、ルックバック、
クリエイターというものを描いた2作品に肩を並べても
おかしくないほどの名作なだけに、近所の映画館でまだ上映中なら
ぜひ足を運んでいただきたい。
この作品は何かを作り続けている、作り続けていた貴方のための映画だ。
個人的な感想:Dolby Atmos
多くの映画館で上映が終わっており、たまたま予定があいている時間帯に
「Dolby Atmos」での特別上映があり足を運んだ作品だが、
Dolby Atmosで見てよかったと思う作品だ。
作中の音楽の臨場感がDolby Atmosによってより際立っており、
Dolby Atmosで見るのはこの作品が始めてではないのだが、
Dolby Atmosの利点というのを強く感じる作品だった。
今はDolby Atmosでの上映くらいしかやっていないが、
特別料金を払っても損がないと感じた作品なだけに、
まだ見ていない人はぜひ、劇場に足を運んでほしい。
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