評価 ★★★★★(80点) 全104分
あらすじ 全寮制の超エリート校「私立天下統一カスカベ学園」通称・天カス学園に1週間体験入学する事となったしんのすけ達。引用- Wikipedia
これはクレヨンしんちゃん最終回だ!
クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園
本作品はクレヨンしんちゃんの映画作品。
監督は髙橋渉、制作はシンエイ動画。
クレヨンしんちゃんとしては29作目の映画作品となる。
叙述
映画冒頭、風間くんが怪しげな人物に追われているところから始まる。
怪しげな人物に「お前の願いを叶えてやる」と言われながら
襲われる風間くん、ホラーな雰囲気の中で学校の鐘がなり、OPが始まる。
この作品はクレヨンしんちゃん映画としては初の
「本格(風)学園ミステリー」となっている。
TVアニメのクレヨンしんちゃんでも犬神家の一族を
パロディした回などがあったが、それを思わせるキャッチコピーだ。
クレヨンしんちゃんでミステリー、
意外な組み合わせに心を踊らせてくれる。
エリート
そんな冒頭から日常が描かれる。
クレヨンしんちゃんらしい日常描写は微笑ましいコメディと
ギャグがあふれるものになっており、クレヨンしんちゃんらしさ全開だ。
髙橋渉監督は「クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん」で
初のクレヨンしんちゃん映画の監督を努めているが、
1992年から今に至るまでクレヨンしんちゃんというアニメに
関わり続けている。そんな髙橋渉監督だからこそ、
ぶれないクレヨンしんちゃん像がきちんと描かれている印象だ。
そんな「しんのすけ」は小中高一貫の超エリート学園である
「天カス学園」にかすかべ防衛隊たちの面々とともに体験入学することになる。
「風間トオル」というエリートを目指す友達が応募し、
5人一組という条件を満たすために「親友たち」を誘っている。
風間くんは塾に通い、勉学に励み、エリートを目指している少年だ。
天カス学園
天カス学園はパーフェクトな学校だ。
エリートを目指すために全寮制で「AI」が管理している。
生徒たちは「ポイント」で管理されており、エリートほど
ポイントを稼ぐことが出来るシステムで運営されている。
優秀でエリートにふさわしい生活をしていれば問題ないが、
エリートにふさわしくない行動や言葉を使ってしまえば、
エリートポイントが無くなっていき、クラスが落ちていく。
優秀な生徒、ポイントを稼いだエリートほど、
より豊かな教育を受けることが出来る。
ちなみに校長ノ名前は「膨萩椋美(ふくらはぎむくみ )」である(笑)
どこか管理社会を彷彿とさせる要素だ。
生徒のありとあらゆる行動を監視し、格差をつくり、エリートに育てる、
それが効率的なのかもしれないが、自由とは言えない。
たった少しの挫折であっさりとポイントは落ち、
マイナスなポイントの生徒たちは「カス組」へと落ちる。
天組に入ることの優越感、自分はカスではないという優越感を
作るためのシステムだ。ある種、エリートを作るための
システムとしては完璧なのかもしれない。
風間くんにとって憧れの学園だ。
優秀なエリートを多く排出する学園に、
体験入学厨にポイントを稼ぐことで特待生として入学できる
権利を得ようとしている。
そんな学園には壊れた時計塔と、時計塔に潜む「吸ケツ鬼」の噂がある。
徐々にミステリーとしての側面が匂わされていく。
エリートと庶民
風間くんはエリートな子供だ。勉強も普段から頑張っており、
幼稚園児には難しい天カス学園の授業にもついていけている。
だが、しんのすけ達はそうではない。彼らは普通の幼稚園児だ。
当然、エリートポイントも獲得するどころか減っていってしまう。
給食にもポイントの格差が現れている。
優秀な生徒には「カニシャブランチ」が提供されるが、
マイナスポイントの生徒には給食すらない。
徹底的な格差社会を作ることでエリートを育てている。
そんな天カス学園でポイントを稼ぐために風間くんは必死だ。
だが、風間くん以外のかすかべ防衛隊の面々は
そんなことには興味がない。
同じ幼稚園児でも、親や環境の影響で考え方は大きく違う。
子供の頃から遊ぶことよりも勉強に励んいる子はいる、
風間くんはかすかべ防衛隊の中では異質な存在だ。
だからこそ、しんのすけたちの行動に巻き込まれて
風間くんのエリートポイントも下がってしまう。
遊び気分のしんのすけたちと、本気でエリートになりたい風間くん、
彼らの間に大きな「進路」という壁が生まれている。
そんな壁がいざこざにつながる。
「みさえ」はこっそりとしんのすけのために、
本当は禁止なチョコビをリュックに忍ばせている。
だが、それは禁止行為だ。
そんな行為を目にした風間くんは「しんのすけ」の母を否定し、
しんのすけ自体を否定してしまう。
母を侮辱されたことでしんのすけの怒りも頂点に達し、
喧嘩の中で風間くんはしんのすけに絶交を告げてしまう。
進路という大きな壁が友情に大きな溝を作ってしまう。
エリートになるために、お母さんに誇れる自分であるために、
風間くんは「裏道」を使い、結果、吸ケツ鬼に襲われてしまう。
ちなみに吸ケツ鬼に襲われたものは「おバカ」になってしまう(笑)
ここで殺人事件ではなく、オバカになるという結果につながるのは
クレヨンしんちゃんらしいミステリー展開だ。
犯人はお前だ!
そんな中で「しんのすけ」達は
かすかべ探偵倶楽部を設立し、吸ケツ鬼事件解決を目指す。
中盤から一気にミステリー要素が強まってくる印象だ。
風間くんが襲われた現場には「33」という文字が残されている。
ダイイングメッセージだ。
等の被害者である風間くんは生きているものの、
オバカになっているせいもあって犯人が誰かを教えてくれない。
「クレヨンしんちゃん」という子供向けの作品だからこそ、
誰かの「死」の描写は本来はNGだ。
だからこそミステリーという要素とは本来相性が悪い。
しかし、今作は命ではなく「知性」を奪うという方法で
ミステリーを作り上げている。
一体誰が「吸ケツ鬼」なのか、なんの目的で生徒を襲っているのか。
序盤から出てきたくせの強い生徒たちに聞き込みしながら、
犯人を絞っていく。
誰も彼もが怪しく見えてくる。
そんな中には「ぼーちゃん」の恋する相手もいる(笑)
キャラクター数は多いものの、うまくかすかべ防衛隊という
メインキャラと絡めることでキャラクターを掘り下げている。
ちなみに「マサオくん」はなぜか容疑者の一人であり、
番長に影響されてグレている、流石はマサオくんだ(笑)
そんな調査の中で学園1位の生徒も被害にあってしまう…
頭じゃなくケツで考えろ!
この作品は意外とミステリー要素がしっかりとしている。
特に「犯行現場」のトリックはミステリー作品顔負けであり、
ギャグアニメらしい「仕掛け」ではあるものの、
犯行現場をごまかすというミステリー作品の基本とも言える部分を
しっかりと抑えている。
終盤、犯人としんのすけ達が相見えるものの、
生徒から集めたエネルギーが風間くんに注入されてしまい、
「超エリート」となってしんのすけ達と敵対してしまう。
そんな中でしんのすけのピンク色のケツ細胞が働く(笑)
この推理シーンに関しては「クレヨンしんちゃん」らしい
異様なまでのおケツ表現となっており、
頭ではなく、尻が働き、尻がとんでもなく食い込んでいくさまは
大人でもお腹を抱えて笑ってしまうほどだ。
推理のシーンもしっかりとしており、
犯人につながる証拠も序盤からきちんと伏線という形で匂わせている。
「本格風ミステリー」と謳っており、クレヨンしんちゃんらしい
ギャグと馬鹿げた展開は多いものの、しっかりとミステリーの
基本は抑えている面白さがある。
大人ならば「なんとなく」でも犯人に関しては
序盤から感づいてしまう部分はあるものの、
犯人の以外すぎる動機は大人でも予想できないものだ。
クレヨンしんちゃん映画らしい「劇画的」な表現もあり、
それがより笑いにつながっている。
エリートとは
犯人の裏に隠れている真犯人はより、生徒の学力を上げるために、
エリートを超えるスーパーエリートを効率よく作り上げようとしている。
スーパーエリートになればみんなが幸せになれる。ある種の管理社会だ。
誰もがエリートに慣れるならば「個性」を失っても良い。
だが、それに反対するのは「野原しんのすけ」だ。
スーパーエリートとなった風間くんを否定し、
彼は「オバカ」なままで風間くんに挑む。
スーパーエリートな風間くんは駄目だ。
そんな思いは「野原しんのすけ」のわがままだ。
風間くんにとってはエリートであることは幸せなことかもしれない。
かすかべ防衛隊も、しんのすけも、風間くんの幸せを願っているからこそ迷う。
それは風間くんも同じだ。
風間くんはエリートになりたい、だが、
同時に5人で「同じ学園」に入りたいという思いがある。
彼らは親友だ、頭の良さは違うかもしれない、
だが、友情にエリートも庶民も関係ない。
一人ひとりの良いところを彼は手紙に綴っている。
「ぼーちゃんは優しいエリートです」
「まさおくんは調子になると無敵になるエリートです」
「ねねちゃんは友達想いのエリートです」
「しんのすけは心がエリートです」
風間くんから見た彼らへの思いと、
彼らと一緒に天カス学園に入りたい、幼稚園を卒園しても
友だちになりたいと綴った思いは、
30年間、クレヨンしんちゃんという作品を共に見てきた私達の
心に強く、深く響いてしまう。
風間くんなりの「エリート」の解釈も本当に素晴らしい。
学力だけが全てではないということを彼はわかっているからこそ、
綴れる手紙だ。
友のためにはしれ
風間くんを取り戻すためにかすかべ防衛隊は
スーパーエリートとなった風間くんと焼きそばパンを求めて走り出す。
困難な道を、「番長」となったマサオくんが調子に乗って走る様、
ねねちゃんは失敗してしまったエリートを励まし、
ぼーちゃんも恋心で走り出す。
クレヨンしんちゃん映画の伝統ともいうべき
「追いかけっこ」が本当にたまらない。
そして、しんのすけは必死だ。風間くんを助けるために、
風間くんと仲直りするために、必死で走る様は胸を踊らせる。
風間くんは本当に友達想いの子だ。エリートになりたいという思いはある。
だが同時に友達を失いたくない。
「みんなで一緒に同じ学校に行けると思ったのに、
いつかみんなバラバラになっちゃうんだ、新しい友達を作っちゃうんだ」
5人の中で風間くんだけが違う小学校に行く。
それを風間くんは1番わかっている。それが嫌な訳では無い。
しかし、同時に4人の友だちを失いたくないという思いが
彼の中にはある、だからこその叫びだ。
この作品は風間くんの映画だ。エリートな彼の
切実な思いが1時間40分という尺で描かれている作品だった
総評:大人が見るからこそ涙する
全体的に見て素晴らしい作品だ。
クレヨンしんちゃん初の本格風ミステリーと謳った作品であり、
序盤から伏線をばらまきつつ、同時にミスリードもばらまきながら、
犯人を最後までわからせないようにしつつ展開し、
最後は納得のできる推理をしんのすけが披露してくれる。
同時にクレヨンしんちゃんらしいギャグ要素も満載だ。
真面目なミステリーではありえないような犯行現場をごまかす
トリックや、「マサオくん」でさえ容疑者になる展開、
そして犯人がわかったときのケツの演出まで
大人も子供も思わず笑ってしまう展開の数々だ。
キャラクター数は多いものの、そんなキャラクターを
きちんと掘り下げつつ、かすかべ防衛隊の面々と絡ませており、
同時に「犯人では?」と見ている側に疑わせる要素にもなっている。
クレヨンしんちゃん映画らしい劇画的な演出や、
ラストの追いかけこなど、クレヨンしんちゃん映画らしさが
ぎゅっとつまっており、大人も子供も笑えて
スッキリと楽しめる作品だ。
そして今作だからこその「風間くん」が抱える思いの描写に思わず涙してしまう。
彼はエリートだ、勉強もできて、幼稚園児でありながら塾に通い、
両親の期待をせおい、彼自身もエリートになることを望んでいる。
しかし、彼もまた幼稚園児だ。
このまま小学生になったら、親友ともいえる4人と
別の道を歩むことはわかっている。
だからこそ、彼は一緒に「エリート」になるために天カス学園に入りたかった。
彼が教師にだけ送った友人への思いを綴る手紙はそんな現れだ。
必死に、純粋に、友達もエリートだと訴えかける文章は
短いながらも思わず涙を誘われてしまう。
そして、最後の本音を吐露するシーンに涙を流さない大人はいないだろう。
幼稚園の頃の友達と大人になっても一緒にいることは少ない。
ほとんどないといってもいい、それを「大人」だからこそわかっている。
だからこそ風間くんの思いもわかってしまう。
幼稚園を卒園したら永遠の別れになってしまうかもしれない。
それを優秀なエリートである風間くんはわかっている。
5人の友だち同士の仲で、自分だけが仲間外れになるのは
さみしく、切実な思いだ。だからこそ、今作での行動にもつながっている。
しかし、しんのすけたちの思いと行動を目にした彼は1つの約束をする。
「いつか僕が本物のエリートになったとき、また勝負だ」
約束があれば大丈夫、彼らとはずっと友達で居られる。
自分がもし、道を外れても戻してくれる。
そんな彼の希望で終わるラストは染み渡るものがあり、
終盤は涙を流さずにはいられなくなってしまう、
そんな素晴らしい作品だ。
この作品はクレヨンしんちゃんのある種の最終回だ。
ドラえもんもそうだが、基本的にこの手の作品は
「サザエさん時空」で何年たっても彼らが成長することは基本的にはない。
永遠に続く日常に終わりはない、本来は最終回と呼べるものはない。
ドラえもんの最終回は何パターンか存在するが、
クレヨンしんちゃんの最終回というのは原作には存在しない。
しかし、この作品はクレヨンしんちゃんという作品の
最終回を描いてしまったと言ってもいい。
いつかくるかもしれない彼らの日常の「変化」という終わり、
それが訪れる前の準備段階を描いている。
ドラえもんもそうだ、ドラえもんがある日、
急に未来に帰らないといけなくなった時にのび太はどうするのか。
そこでのび太はドラえもんが居なくても大丈夫だと
ジャイアンに勝負を挑むのがドラえもんの最終回の1つだ。
クレヨンしんちゃんの場合、彼らの「進学」を匂わせている。
かすかべ防衛隊というクレヨンしんちゃんの核となる部分、
そんな彼らが小学校に進んだら「風間くん」だけはお別れになるかもしれない。
そんなときに、しんのすけは風間くんはどうするのかというのを
「体験入学」という形で擬似的に描いている。
ある種の反則だ、同じ手は二度と使えない。
風間くんは不安を抱えつつも、未来の約束をし、
しんのすけたちの4人はたとえ風間くんが別の道に進んでも、
友達であり続けることを誓っている。
変わらない日常、永遠に続く日常の中で
「変化という未来」を断片的に描いた挑戦的な作品だ。
ある種の最終回
余談だが、クレヨンしんちゃんという作品は
当たり外れの多い作品だ。特にオトナ帝国の逆襲以降は
かなり迷走していた時期だった。
しかし、近年のクレヨンしんちゃん映画のクォリティは本当に素晴らしい。
特にロボとーちゃん以降の高橋渉監督が手掛ける作品は
どれも本当に素晴らしい作品ばかりだ。
次に高橋渉監督がいつクレヨンしんちゃん映画を
手掛けるかわからないが、高橋渉監督にまた
クレヨンしんちゃん映画を作って欲しいところだ。
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