評価 ★★★☆☆(50点) 全80分
あらすじ 嵐で大荒れになった海に放り出され、今にも溺れそうな1人の男がいた。男は近くにあった小舟につかまり、九死に一生を得る。引用- Wikipedia
娯楽ではない、芸術だ
本作品はスタジオジブリによるアニメオリジナル作品。
日本、フランス、ベルギーによる合作映画となっており、
制作はジブリだが脚本はフランスのパスカル・フェラン、
監督はオランダのマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットという異色の作品。
風立ちぬで引退を宣言した宮崎駿監督のあとに、
宮崎駿監督以外の作品を作り出そうと
ジブリが模索していたころの作品だ。
サイレント
監督や脚本の方が外国人というだけでジブリとしては異色なのだが、
内容自体もかなり異色だ。
なにせ、この作品は「サイレント映画」だ。
キャラクターのセリフは一切なく音と映像のみ。
息遣いなどのSEはあるもの、セリフのないアニメ映画は
ジブリだけではなく近年では大変、珍しい。
更に独特すぎるキャラクターデザイン。
ジブリと言われなければ絶対に分からない
「ぬぼー」っとした独特のキャラクターデザインは、
日本アニメというよりも少し昔のディズニー映画や、
「スヌーピー」に出てくるようなキャラクターデザインだ。
アニメーション自体もジブリらしい動きといえば、
どことなく「ロトスコープ」でも使ったかのような
独特のヌルヌル具合がある。
はっきりいって日本人好みではない。
可愛さやかっこよさというものはキャラデザからは一切感じず、
ジブリらしさというのがまるでない。
ジブリ制作ということで期待してしまうとかなり肩透かしを食らってしまう。
唐突
ストーリーもかなり唐突だ。
どこの誰かも名前すらもわからない男が島に流れ着く、
島を探索するが人間はおらず、
ときには岩場の隙間に閉じ込められてしまったり、
食料を探したりしながら、なんとか脱出するための船を作る。
だが、いざ船を作り脱出しようとすると何故かいきなり壊れる。
これが冒頭15分位の内容だ。
非常に淡々とこのストーリーを描いている、
その淡々としたストーリーの中で楽しみといえば「音」だろう。
水の音、海の波の音や水しぶき、草を練り歩く時の音、森の虫の声など
非常にリアルに聞こえてくる。
その繊細な音の描写で世界観を感じさせる。
サイレントだからこそ「人の居ない無人島」の孤独感を感じさせ、
音をリアルに感じさせることでそこにいるような臨場感を味わえる。
劇場の音響や、いいヘッドホンやスピーカーなどで聞けば
この「音の良さ」は強く実感でき、より楽しめるかもしれない。
しかし、ストーリーがあまりにも唐突だ。
冒頭15分位の前述したストーリーはシンプルで
「無人島」という舞台と導入部分は悪くはない。
脱出に失敗して主人公が味わう「幻聴」や「幻覚」や「夢」など、
無人島と言う舞台を活かしたシーンと言えるかもしれない。
ただ、そういったシーンが唐突で、そこに何の意味があるのかを
見る側に考えさせる作品だ。
亀
ストーリーを30分位過ぎた頃からついていけなくなる。
主人公の島からの脱出を妨害していたのが、
唐突に現れる「レッドタートル」のせいだと分かるのだが、
上陸してきた亀を主人公が殺すと甲羅の中から「女性」が現れる
意味がわからない(苦笑)
日本ならば助けた亀に釣れられて竜宮城だったり、
助けた鶴が恩返しに来たり、
竹や桃の中から赤ん坊や女の子が出てくることは有るが、
殺した亀の中から女性が出てくるというのはちょっとよくわからない。
桃太郎もびっくりな誕生の仕方だ。
しかもだ、殺した亀の中から出てきた女性と無人島ライフを開始してしまう。
当然、女性は彼女しか居ないから主人公はその女に惚れるわ、
結婚するわ、子供は生むわとストーリーが展開していく。
見ている側としては頭の中で殺した亀=女という図式が当然出来上がり、
いろいろな疑問が浮かんでくる。
この際、亀が女性になるという展開にはツッコミを入れないとしても、
元亀なのか、亀が転生した人間なのかなど頭の中は混乱してしまう。
しかし、サイレント映画であるために説明セリフはない。
画面から「察する」しかないが、画面では無人島ライフが描かれている。
ストーリーを理解したいし、解釈もしたいのだが、
それをするには情報が足りないのだが、妄想することはできる。
その「妄想」を見る側がどう処理するかで
この作品の評価はガラッと変わってくるのかもしれない。
亀が男に惚れて女の姿になったとか、
全ては男の妄想とか色々とできるのだが、
この作品はそういう決定づけできるような情報をあえて描かないことで、
見る側に「想像」させたいと言うのは理解できる。
面白さ
しかし、それがイコール面白いかと問われれば難しい所である。
様々な芸術作品も好みが別れるの同じで、
この作品も見る人によって解釈や好みが別れる作品だ。
しかもアニメーションという媒体だが、
この作品は娯楽ではなく芸術作品だ。
多くの日本人がアニメ、特にジブリの作品に求める「面白さ」の本質がまるで違い、
初めから芸術作品と分かってみていればある程度身構えられるが、
ジブリ映画としてみてしまうと大きな肩透かしを食らってしまう。
これでジブリ映画じゃなければ、また評価は違ったかもしれないが、
「ジブリ映画らしさ」というのをこの作品からはほぼ感じない。
そこを踏まえなければ面白い作品ではある。
まるでおとぎ話のような理不尽さと不思議さがあいまった世界で、
一人の男の「人生」を描いている。
人生
時には失敗することもある、時には間違うこともある。時には諦めることもある。
男は無人島からの脱出を試みるが諦め、そこで「生きていく」ことを決める。
人間は与えられた環境から抜け出すことは難しい、
しかし、環境に適応することはできる。
男は抜け出すことを諦め、環境に適応し、
そこで出会った女と「人」としての営みを過ごそうと考える。
人間になった亀が甲羅を海に流したように、彼自身もいかだを海に流してしまう。
亀は人間に惚れ海で生きることを諦め、主人公もまた元の世界に帰ることを諦めている。
あのいかだで亀が邪魔をせずとも違う島の陸地にたどり着けるとは限らない。
亀が邪魔をしたのはそれがわかっていたからなのかもしれない。
亀に苛立ちをぶつけてしまったことの贖罪、元の世界に戻ることへの断念、
様々なキャラクターの心理描写がセリフではなく絵として描かれている。
人が自然の中で暮らすことの罪、脅威、
子供を産み育て、子供は旅立ち、いつしか自分も自然へと還る。
ジブリという作品が描いてきた「生命」と「自然」という本誌は
この作品の中にもしっかりと含まれている作品だった。
総評:ジブリが挑んだ芸術作品
全体的にみてシンプルに面白いとは感じにくい作品だ。
無人島という環境の「音」の表現は素晴らしく、
それをささえるBGMも素晴らしい。
だが、癖のあるキャラクターデザインやはっきりとした解釈のしにくい
ストーリーは好みが分かれるポイントであり、
「ジブリ」という製作会社としてはクセの強すぎる作品になってしまった。
見る側が描かれるものをそのまま受け取って面白いと思える。
それがジブリらしい作品であり、エンタメな作品を
ジブリという制作会社は造りあげてきたが、
この作品は所謂芸術作品だ。
セリフで現れていない「絵」の中に描かれることを
見る側が読み解く努力をしなければ、
この作品の内容も面白さも伝わりにくい。
更にいってしまうと正直長い。
やりたい事も分かるしつまらない作品とは言い切れない魅力がある作品では有るが、
やや冗長なシーンも多く、BGMや音のいやし効果もあいまって
眠気を誘われるようなシーンも多い。
45分位にまとめてほしいと感じてしまう。
「音響効果」が生きるのも劇場や良いヘッドホンや
スピーカーなどで見る場合だけだろう。
この作品がTVで放映されたとしても劇場で見る人と同じような感覚は味わえない。
そういう意味では「映画」らしい要素があり、
劇場で見ればもう少し評価は違ったかもしれない。
見る人の評価も本当に極端に分かれそうだ。
芸術系の作品が好きならば「面白い」と言えるだろう。
だが、それ以外の人はつまらなく退屈に感じやすい部分も大きい。
こう言ってしまうと偏見になってしまうかもしれないが、
いかにもフランスの人が書いた脚本だなと感じてしまった。
フランス映画のあのどこかのっぺりしたというか淡々とした感じなど、
まさにこの作品にも通じるところがあり、
フランス映画が好きな人はこの作品も楽しめるかもしれない。
奇しくも宮崎駿監督最新作ではサイレント映画でこそないが、
同じように見る側が読み解かなければならない部分があり、
「君たちはどう生きるか」を見る前にこの作品を見ると、
あの作品を味わう心構えが整う作品と言えるかもしれない。
個人的な感想:アウターワールド
余談なのだが、「アウターワールド」という
アドベンチャーゲームがなんかよぎる作品だった(笑)
奇しくもアウターワールドもフランスのゲームメーカーの作品だ。
色合いやキャラクターのデザインなのか、
なぜ「アウターワールド」がよぎるのか言葉で明確にできないのが悔しい(苦笑)
個人的には面白いとは言い難い感じだった。
ストーリーは自由に解釈して良いのは分かるが亀=女の部分が妙に引っかかってしまい、
息子は息子で亀使いになって旅立ってるし、最後は女は亀に戻っちゃうし、
亀に戻るということは息子は亀と人間のハーフなのか?とか
ストーリーの細かい部分が気になってしまった作品だった。
売上的にも、興行収入は初動が3300万円という結果で、
週末興行収入ランキングではトップ10にもランクインしなかったようだ。
やはりこういう作品は日本では難しいのかもしれない。
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