評価 ★★★★☆(65点) 全91分
あらすじ 若くして実家の「駒田蒸留所」を継いだ駒田琉生は、業界では新進気鋭のブレンダーとして注目されている。現在は華々しく活躍する彼女だが、社長に就任するまでは波乱の連続だった引用- Wikipedia
あなたは 今の仕事に 満足していますか?
本作品は映画オリジナル作品。
制作はPAワークス、監督は吉原正行。
ウィスキー
本作品は「ウィスキー」作りを題材にした作品だ。
少し前に「マッサン」というNHKの朝ドラマが話題になったが、
アニメでもウィスキーづくりを題材にした作品が生まれるとは予想外だった。
PAワークスといえばお仕事アニメだ、
旅館に水族館にアニメ制作に、様々な職業を描いてきた
PAワークスが今作で手掛けるのは「ウィスキーづくり」であり、
同時に記者だ。
ニュースサイトの記者である「高橋 光太郎」はやる気がない。
クラフトウィスキーの記事を制作する仕事を任されたものの、
彼はそもそもウィスキーに興味がなく、
記者という仕事にさえ誇りを感じない青年だ。
彼が「無知」だからこそ自然とウィスキーづくりの知識も身についてくる。
ウィスキーとはなにか、どうやってつくられているのか、
醸造所と蒸留所の違いすら分かっていないし、
それを取材に前に調べるということすらしない上に、
蒸留所の名前すら間違っている。
仕事をしている社会人としての責任感というものが一切ない。
そんな彼とともにクラフトウィスキーについての取材に
ついてくるのが「駒田蒸留所」の若きブレンダーであり社長だ。
両親の跡をつぎ、若い身空で蒸留所をつぎ、
ブレンダーとして世間でももてはやされている。
一方は自身の仕事に自信と誇りを持ち、
一方は自身の仕事に誇りも自信もない。
この対比がこの作品の面白さでもある。
独楽
「駒田蒸留所」はかつてはウィスキー作りをし、原酒を作っていた会社だ。
しかし「震災」のあとに設備と原酒が失われ、
駒田蒸留所は独楽の制作をやめ焼酎を使っていた蒸留所だ。
若い社長に変わり、主人公である「駒田 琉生」は
駒田蒸留所の独楽というウィスキーを復活させようとしている。
熱心に自分が生まれ育った駒田蒸留所を嬉しそうに「駒田 琉生」は
紹介するものの、逆に「高橋 光太郎」はそれをどこか興味がなさそうに
上の空で聞いている始末だ。
「高橋 光太郎」という男はいかにもな若者だ。
25歳ですでに4つの会社をやめている。
仕事が長続きせず、自分の好きなことも見つけられていない。
まだ彼は社会人でも大人でもない、大学生の頃の気持ちを、
モラトリアムの最中だ。
今の仕事も半年しか続けていないのにすでに辞めることすら考えている。
そんな彼と違って「駒田 琉生」は父をなくし、母と二人で暮らしながら、
実の兄とも仲が悪く、蒸留所のウィスキーを復活させるために
多額の設備投資までしている。
仕事に真剣で人生すらかけている女性と、
仕事に不真面目で人生の先すら見えない男性。
少しずつ、男性は女性に影響されていく。
興味がなかったウィスキーの世界、そんな世界に触れたことで、
ウィスキーを居酒屋で頼むようになり、本当に少しずつ、
彼の中に「興味」と「関心」が生まれやる気が生まれていく。
自分の中にはなにもない、自分がやるべき仕事は何のか。
それが分かっていない彼だからこそ、自分に持ってない物を持っている
女性に対して興味が湧く、しかし、それは決して恋心ではない。
この作品の良いところは安易に「恋愛要素」を入れていないところだ。
キャラクターデザインもいわゆる萌えなデザインでも、
かっこいいと言えるようなデザインでもない、
そういう視聴者にこびた部分は一切なく、
PAワークスが描きたいもの、「仕事」とはなにかを追求していく作品だ。
「駒田 琉生」自身も夢を諦めている。
彼女は通っていた美大をやめてまで家を継いでいる。
好きなことを諦めて、夢を諦めてまで彼女は父の遺志を継ごうとしている。
彼と彼女では仕事に対する覚悟が違う。
正しさ
「駒田 琉生」の兄は別の酒造に務めており、
妹の不安定で無謀な経営に疑問を持っており、買収を勧めている。
蒸留所の原酒も失われ、設備もない。
そんな蒸留所をわざわざ多額の投資までして復活させる意味はあるのか。
兄の意見も決して間違ってはいない。
亡くなった父がウィスキーを諦めたのは社員のためだ。
ウィスキーを1から仕込み、売る。
それは1年や2年でできる話ではない、経営者として
社員を守るため、会社を存続させるための正しい判断だ。
そんな判断は結果的には経営を苦しくさせ、
過労で父がなくなった原因にもなっている。
会社が亡くなってしまうかもしれない、
そんな時に「駒田 琉生」は大学をやめ1年でブレンドウィスキーを
作り上げている。
どこか朝ドラや、日曜9時にやっていそうなドラマのような
ストーリーだ、アニメでありながらアニメ的ではない。
この作品がもしTVアニメならばノイタミナあたりでやってそうなほどだ。
だが、この作品はTVアニメ向きではない。
はっきりいってしまえば地味だ。
序盤から中盤まで淡々とストーリーをすすめており、
なにか大きな出来事がおこるわけでもない、
だからこそアニメという週1回1話30分では多くの視聴者に切られる。
映画という媒体だからこそ、この徐々に染み渡るストーリーを
一気に2時間ほどの尺で味わうことができる。
最初はよくわからない味のウィスキーも、
1口、2口と飲み勧め、時に水を足し、飲み干す頃には
そのウィスキーの味わいをわかることができるように、
この作品は飲めば飲むほど、話が進めば進むほど味わいが分かる作品だ。
「駒田 琉生」の事情を知り、「高橋 光太郎」の考えも変わっていく。
大人になるということは何かを諦め、何かを決めないといけない。
言い換えれば「縛られる」ことでもある。
子供の時のようになんでも自由にやりたい放題することはできない。
大人になり、自分がやるべきことを、仕事を決める。
それは時に、本当に自分がやりたいことではないかもしれない。
「駒田 琉生」の事情を知った「高橋 光太郎」は
自らの仕事に本気を出し始める。
この地味な成長にいたるまで物語の半分の尺を使っている。
非常に丁寧な描写だ。
中盤まで二人の主人公のうちの一人が変化し成長し、
丁寧にウィスキーについて描きつつ、
復活させたかったウィスキーである「独楽」の原酒も見つかる。
何もかもうまく行きそうに感じたのも柄の間、
蒸留所が火事になってしまう。
挫折
貴重な原酒もなくなり、今後、蒸留所を続けることが難しくなってしまう。
若いながらに彼女はがむしゃらに頑張ってきた。
そんな頑張りに成果がきちんと伴ってきたからこそ、
彼女は走り続けることができた。
「独楽」というウィスキーを求めたからこそ、
復活させたいと思ったからこそ、買収にも応じずに、
彼女は頑張ってきたものの、先が見えなくなってしまう。
買収を受け入れる、そんな選択を取ろうとした彼女は大人だ。
妥協と諦め、それが大人になること、仕事でもある。
だが、それだけでは大人はやっていけない。
そこに「情熱」と「希望」があるからこそ、仕事にやりがいが生まれる。
今後苦しい状況になるかもしれない、それを分かっていながら、
社員たちはそれを受け入れる道を選択する。
数多あるウィスキーをブレンドし、「独楽」を復活させる。
それは先の見えない道だ、しかし、妥協も諦めることもなく
彼女は突き進む道を選ぶ。
離れ離れになった家族の絆も再びもとに戻り、
家族の味である「独楽」を再現する。
お酒が飲めるわけでもブレンドができるわけでもない「母」の
笑顔に思わず涙腺を刺激され、物語の幕が閉じる。
最後にはいい酒を飲んだ余韻を味あわせてくれる作品だった
総評:これぞPAワークス、お仕事アニメの真骨頂
全体的に見て、実にPAワークスらしい作品だ。
PAワークスといえばお仕事アニメというイメージも強い、
そんなPAワークスがウィスキー作りという仕事に着目しつつも
「仕事」という行為そのものを描いてると言ってもいい。
夢を仕事にしている人もいれば、
そうでもない人も居る。大半が妥協の末に子供の頃に
思い描いた仕事とは別の仕事をしていることが多い。
それが生きていくということであり、生きるためには仕事をしないといけない。
しかし、就職氷河期ならいざ知らず、今の時代は
選ばなければ仕事はいくらでもある。特に若者は引く手あまただ。
だからこそ、本作の主人公の一人である
「高橋 光太郎」のように仕事を転々としてるし、
彼と同じように1年と同じ仕事が続かない人もいるはずだ。
好きなことを仕事にしていない、
自分がなんのために今の仕事をしているかわからない。
そんな彼が、自分とは違い自分の仕事に自信を持ち、
やりがいを持っている人と出会ったことで彼が変わっていく。
仕事をするということの意味、仕事とはなんなのか。
PAワークスが描いてきたお仕事アニメの本質を描くような
素晴らしい作品だ。最初から最後までまっすぐ丁寧にウィスキー作りを描き、
「仕事」というものを描いている染み渡るような作品だ。
ただ同時に地味ではある。戦闘シーンがあるわけでも、
とんでもない作画でぬるぬると動くようなシーンがあるわけでもない。
どちらかといえば実写向きな作品でドラマっぽさはあるものの、
91分という短い尺の中で起承転結すっきりとした
ストーリーを築きあげており、思わずウィスキー片手に楽しみたくなる作品だ。
個人的な感想:こういう作品もヒットしてほしい
難しいことはわかる、私自身も劇場に足を運ばなかったため、
どの口が言うんだと言われたらそれまでだが、
こういう作品もヒットする時代になってほしいなと思ってしまった。
最近のアニメ映画はド派手かつわかりやすく、
なおかつ、そもそも人気のTVアニメ作品の映画がヒットすることが多い。
そんな中で完全オリジナルの作品で勝負するのは難しく、
興行収入が伸びづらいのはわかるものの、
決してつまらないわけではなく、むしろ素晴らしい作品だ。
それだけに、こういう作品がヒットしないのが嘆かわしい。
もう少しこういう作品にも光が当たる時代になればなと
感じてしまう作品だった
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