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作家性の超新星爆発やぁぁ!「きみの色」レビュー

4.0
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(C)2024「きみの色」製作委員会
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この記事を書いた人
笠希々

オタク歴25年、アニメレビュー歴13年、
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評価 ★★★★☆(72点) 全100分

【8/30(金)公開】「きみの色」スペシャルPV

あらすじ 海に面した街のキリスト教系女子高校に在学する日暮トツ子は、会う人の「色」が見えるという特殊な感覚を持っていた引用- Wikipedia

作家性の超新星爆発やぁぁ!

本作品はオリジナルアニメ映画作品。
制作はサイエンスSARU,監督は山田尚子

この作品は冒頭から視聴者にこびたものがない。
どこかポエミーなセリフ、柔らかい色合いで彩られる世界観、
どこを切り取っても芸術的な1枚の絵に見える世界観は
明るく色づいている。

それは主人公にとっても同じだ。
「日暮トツ子」という少女はミッション系のスクールに通っており、
田舎から上京し、寮生活をしている。
柔らかくほわほわとして少しだけムチっとしている
少女にとって世界は色鮮かやだ。

彼女は少しだけ変わっている。
他人を観るときに、その人の「色」が自然と見えてしまう。
お抱かやな性格をしている人を見れば緑に見えて、
クールな美少女を見れば澄んだ青が彼女には自然と見えている。

他人にそれを言っても理解してくれない。
ある種のイメージカラーのようなものが、
その人を詳しく知らなくても彼女には見えてしまう。
ちょっとだけ変わった女の子だ。

そんな特殊な目をもつ彼女ではあるものの、
それを誰かに話すことはせず、自分の中に隠している。
誰かにそれを話せばおかしな子、変わった子と言われるのはわかっている。
しかし、それが別に悩みになっているわけでもない。

彼女は明るく前向きだ。
主人公である日暮トツ子のキャラクター性、
そんなキャラクターをちょっとした仕草で感じさせる、
これぞ「山田尚子」監督のなせる技だ。

ちょっとした手の動作だったり、仕草、
そういう「所作」がその人がどんなキャラなのかを
あえて語らずともみている側に伝えている。

昨今は説明描写の多い作品が多い。
いわゆる「分かりやすい」作品が増えている。
しかし、この作品はそんな作品とは真逆に行くと言ってもいい。
説明しない、余計なセリフがない、そのかわりに
「アニメーション」でそれをみている側に想像させることで
作品として成り立たせている。

特にサイエンスSARUらしい自由な表現は流石だ、
ぬるっと動く人体の動き、湯浅監督作品でよく見られた
自由な動きがこの作品には見事にマッチしている。

キャラクターのちょっとした仕草から大胆な動き、
そんなキャラクターの一挙一動がキャラクターの
心理表現になっている。
だからこそ、みている側がそれを読み解かないといけない。

キャラクターは今こういうことを思っています。
そう言葉で説明することは簡単だ、
しかし、人間の感情は本来、言語化できるものではない。
だからこそ、その言語化できないニュアンスを
アニメーションとして表現しようとしている。

特にそれを感じるのは作永きみというキャラクターだ。

作永きみ

主人公であるトツ子は同級生である「きみ」を
一目みたときから、彼女の色に惚れ、仲良くなりたいと思っている。
それは別になにか恋愛感情的な意味ではない、
素敵な人という漠然とした憧れに近いものだ。

しかし、ある日、急に「きみ」は高校を辞めてしまう。
彼女は同級生の中でも人気がある方で目立つ美少女だ。
そんな彼女があっさりと学校を中退してしまう。

序盤は主人公が彼女を探しつづけている。
同級生に話を聞いたり、同級生の噂話に耳を傾けたり。
ちょっとしたモブキャラクターでさえキャラクターデザインが
しっかりとしており、モブをモブで終わらせていない。

山田尚子監督は「けいおん!」でもそうだったが、
メインキャラをきちんと描きつつも、
そんなメインキャラの世界に存在する別のキャラクターを
ただの記号的な「モブ」で終わらせずに、きちんとデザインし、
存在させることで世界観をより掘り下げている印象だ。

そんな捜索の中で街の路地裏の本屋で彼女が
バイトをしていることを知り、バイト先に訪れるところから
物語が一気に動き出す。

バンド

かなり突飛な展開だが、主人公と「きみ」、
そしてイケメンな影平ルイがバンドをすることになる。
この展開はあまりにも唐突だ、主人公はきみと仲良くなりたいがために、
ルイに話を合わせるような形で流れと勢い任せにバンドをやることになる。

しかし、バンドと言ってもプロを目指すようながちなバンドではない。
主人公はほとんどキーボードができず、「きみ」もギターを始めたばかり。
「ルイ」はいろいろな楽器の演奏ができるものの、
プロと呼べるほどの腕前があるわけでもない。

そんな3人、女2男1で一人は女子高生、一人は中退、一人は男子高校生と
バラバラな3人でいきなりバンドをやることになる(笑)
かなり突飛な展開であり、しかも目的があるわけでもない。
メジャーデビューするわけでも、ライブハウスでライブをやるわけでもない。
かといって部活というわけでもない。

だからこそ掴み所がない。
メインキャラの3人がなにをしたいのか、
なぜバンドをくんでいるのか。
明確な目標がないからこそふわっとしている。

それこそがこの作品らしさでもある。
明確に説明しない、明確に目標があるわけでもない、
明確にキャラクターの心理が描かれるわけでもない。
あえて明確にしない、掴み所がない映画にしようとしているのが
如実に伝わってくる。

この作品で大きな事件はほとんどない。
キャラクターたちが喧嘩をしたり、滝のような涙を流したり、
叫んだり、そういった描写はない。
同じ女性監督である岡田麿里さんとは真逆だ。

理由

「きみ」の中退の理由も明らかにならない。
そもそもの中退の理由自体も明確にコレというものがないからこそだ。
例えばいじめだったり、家庭の問題だったり、
そういうのがあるわけではない。

あえて言うならば「周囲の期待」に応えるのに限界を迎えたからだ。
彼女は美人で頭も良くて聖歌隊のメンバーとして
周囲から期待を背負っていた。
祖母の家で暮らす彼女は祖母からの期待すらも背負っていた。

ただ、それは無理したうえで成り立っていたものだ。
無理をしていい子でいようとした、無理をして期待に応えようとした、
そんな無理がある日、ぷつんと糸が切れてしまっただけで、
彼女自身にすら言語化できるほど明確な理由はなく、
だからこそ中退したことを祖母に言えないでいる。

「きみ」の中退の理由でさえ、明確なものがない。
このくらいの10代の少年少女には言語化できない感情があり、
その言語化できない部分を分かりやすいなにかにおきかえず、
言語化しないままアニメーションで伝えている。
非常に感覚的な作品だ。

主人公であるトツ子もそうだ。
他人の色が見える、子供の頃から他人とは違っていた彼女、
子供の頃に通っていたバレエ教室で
他人とは少し違う踊り方をしていた彼女は、
それを変わっている、おかしなことを認識している。

だからこそ、そんな「自分らしい」部分を彼女は隠してしまっている。
他人と違う踊り方でもいい、他人の色が見えてもいい、
ありのままでいいのに、彼女はそれを隠してしまう。
だからこそ自分の色が彼女には見えない。

唯一の男性キャラであるルイもそうだ。
彼は音楽が好きではあるものの、それを親に言えていない。
彼の母は離島の唯一の医者であり、その跡継ぎとして期待されており、
自分もそのつもりではいるものの、音楽をやりたいという思いだけはある。

3人とも、どこか遠慮気味だ。
3人共いい子で悪い子ではない、同時に彼らの親も、
そんな3人を否定することなく愛し、大切にしている。

本当のことを言っても受け入れてくれるはずだ。
事実終盤で「きみ」が祖母に中退した事実を伝えても、
「ルイ」が母に音楽が好きだということを伝えても、
祖母や母は怒ることもなく受け入れてくれる。

10代の頃に誰もが1度はあったかもしれない経験だ。
自分の中に隠していることや秘密を親に言ってしまえば
親が失望するかもしれない、心配するかもしれない、
そんな思いやりが10代の少年少女に秘密を作らせる。

そういった繊細な心の機微をあえて説明しない。
アニメーションで、細かいキャラの動きや視線でそれを見せている。
3人が3人共、ありのままの自分を心の内に隠しているものを
外に出せていない。

だからこその音楽だ

音楽

音楽は自己表現だ、数々のバンドアニメが昨今生まれているものの、
自分のうちに隠れているものを音楽というもので表現している。
この作品もそこは変わらない。

3人は曲作りに励むことになる。
それは同時に「自分」というものに向き合うことだ。
自分が表現したいものはなんなのか、音楽、歌詞、
その1つ1つが自分というものと向き合わなければ生まれない。

そんな中で浮かび上がってくる曲がどれも本当に素晴らしい。
特にトツ子が生み出した水金地火木土天アーメンは名曲だ。
シンセの音が鳴り響くなかでしとやかに歌詞が紡がれる

「きみの色がぶち抜きました
わたしの脳天 土天アーメン」

とんでもない歌詞だ(笑)
1度聞いたら頭からずっと離れず、映画を見終わったあとの
1週間はこの曲で頭が支配されてしまう。

それほどインパクトのある曲をさらっと生み出す。
音の色を自由に操り、絵という音楽を生み出す。
どこか天才的な才能を感じる部分ではあるものの、
だからといってトツ子のその才能がフィーチャーされるわけでもない。

バンドアニメとしてもかなり異質だ。
彼女たちのライブシーンはたった1回だけ、
春になればルイは進学することが決まっている、
1年にも満たないバンド活動。
だからこそ儚い、まるで青春の1ページだけを覗き見るように
優しくしとやかに物語が紡がれていく。

ライブ

終盤にはライブシーンが描かれる。
舞台は学園祭だ、一人は在校生ではあるものの、
もう一人は中退、もうひとりは部外者だ(笑)

そんなバンドを学園祭に参加させてくれる学校の自由さは
やや気になるものの、それを受け入れてくれる大人、
先生が本当に素晴らしい。

この作品に「悪意」はない。
彼らをしかりつけるもの、否定するキャラクターというのがいない。
同級生も中退した「きみ」を優しく迎え、
彼女たちの親や祖母も暖かく彼女たちの活動を見に来てくれる。

特に「日吉子」先生は印象的だ。
シスターである彼女はルールを守ろうとし、先生であろうとしている。
しかし、同時に理解者でもある。
トツ子のこともきにかけ、辞めた「キミ」のこともきにかけてくれる。
優しい先生だ。

そんな先生にも衝撃的な事実である。
かつてゴッドオールマイティというロックなバンドをくんでいた(笑)
このあたりはどこか「けいおん!」的なノリもあるものの、
さらっとそんな事実が描かれることでよりキャラの印象が強まる。

そんな中でのライブシーンは本当に素晴らしい。
特に「音響」へのこだわりは凄まじく、
シンセの音、テルミンの音、初心者なキーボードの音、
澄み渡る歌声が一瞬で心を奪われる。

あえて曲の途中で「音量」をあげる演出も引き込まれる部分だ。
水金地火木土天アーメンでシスターすらも踊りだす、
どこか「天使にラブソングを」を彷彿とさせる部分すらある。

ラスト

ラストもコレまた山田尚子さんらしさ全開だ。
ここまで抽象的なキャラ表現であえて説明しないことを
極めてきた映画なのにラストはベタでしめる。

上京するルイと二人の別れのシーン。
キミは彼に対してほのかな恋心をいだいている。
しかし、別に告白するわけでも三角関係になるわけでもない。
あえて言葉にしない、説明しないことを目的としてる作品だ、
告白シーンなど野暮でしかない。

だが、ラストで船で旅たつ彼を追いかける二人と
心の叫びというベタなシーンが突き刺さる。
もしかしたら今生の別れになるかもしれない、
だけど、きっとまたあえる、そのときに思いを告げればいい。

そんな告白シーンにも似たラストは
「たまこラブストーリー」でも描いていた部分だ。
実に山田尚子監督らしい表現とも言える。

そしてトツ子自身も自分の色を見つける。
自分が素敵だと思う色、そんな他者と関わり、
そんな他者が自分を認めてくれる。ありのままでいい。
好きに踊る彼女の目には自分の色が写っている。

キミは他者からの期待に開放され、
ルイもやりたいことを伝えられた。
3人が3人共、誰のせいでもなく自分に鎖をかけていたのだが、
そんな鎖から解放されるような作品だった。

総評:悪意がなくても物語は生まれる

全体的に見て非常に責めた作品だ。
この作品は見ている側にこびた部分がない、
わかり易い表現、わかり易い説明がなく、
物語の起伏としても正直薄い部分がある。

1歩間違えばとんでもない駄作になりかねない作品だ。
悪く言えば説明不足で起伏も薄くだらーっとした作品にしか見えない、
しかし、それを1本の映画として成立させてしまってるのが
この作品の凄さでもある。

そこにあるのはサイエンスSARUによるアニメーションの凄さだ。
滑らかなキャラクターの動きが繊細な心の機微を表現しつつも、
ダンスやライブシーンでは大胆に見せてくることで
訴えかけてくるものがある。

更に山田尚子監督らしい青春の1ページを覗き見る感覚。
彼女の作品はどこか「盗撮」的ですある。
10代の少女の私生活を覗き見るような背徳性がありつつも、
そこに「エロス」がない。だからこそ後ろめたさがない。

しかし、ただ覗いているからこそ心のうちまではわからない。
ちょっとした仕草や動作、漏れ出る言葉から
見ている側がさっしないといけない。
これこそ山田尚子監督だ。

世界観の描写も色鮮やかだ。つねに明るく光り輝いている。
それは主人公の「トツ子」が見える世界であり、
この作品の世界であり、山田尚子監督が思い描く世界だ。

この作品には悪意がない。中退している子を攻める人もいない、
やりたいことを否定する人も、
ちょっと変わっている子をいじる子もいない。
世界は「優しさ」で成り立っており、綺麗すぎるほどだ。
いわゆる性善説だ。

中退した「キミ」に対する「日吉子」先生の言葉も印象的だ。
途中でやめたわけではない、自分のタイミングで彼女は卒業しただけ。
中退という世間的には悪い印象のある行動でさえ、
この作品は許容している。

どこかそういう宗教的なニュアンスすらも感じる。
ミッション系のスクールを舞台にしているからこそ、
そういう要素もあるのかもしれない。

アニメに限らず、ものがたりのある作品では
ストーリーを生むために人の悪意が描かれることが多い。
いわゆる「曇らせる」ことでキャラを掘り下げている作品も
最近はまた増えてきた印象だ。

しかし、この作品にはそんな悪意が一切ない。
ギスギスした展開もシリアスな展開も一切なく、
物語を紡ぎあげ、一本の映画にしている。

好みは強烈に分かれる作品だ、視聴者に一切媚びず、
山田尚子監督が描きたいもの、信じているもの、
彼女の世界観と作家性が大爆発どころか新星爆発している、
そんな印象を受ける作品だった。

個人的な感想:ミスチル

なぜかよくわからないが涙腺を刺激されてしまう部分もあり、
私も1度見ただけでは言語化しきれない部分が多い作品だ。
何度も見たくなる、咀嚼したくなるといえるような作品かもしれない

余談だが、個人的にはミスチルは合ってないようにも思えた(苦笑)
例えばけいおん!や、最近で言えばガルクラなど、
色々なバンドアニメがあるが、そういう作品はほとんど
彼女たちの曲がOPやEDに採用されている。

しかし、この作品が最後の最後でミスチルが流れる。
そこは3人で作り上げた曲じゃないのかい!って
思わず突っ込みたくなるほどミスチルが邪魔だった。

商業的なことを考えればミスチルくらい起用しないと
人を呼びづらい作品であるからこその起用であることはわかる。
山田尚子監督とプロデューサーの川村元気さんの
対立が目に浮かぶようだ(苦笑)

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