評価 ★★★★★☆(72点) 全107分
あらすじ 空に浮かぶ謎の三日月型の島を見つけたのび太は、ドラえもんたちと一緒にひみつ道具の飛行船「タイムツェッペリン」で、その島を目指して旅立つ。引用- Wikipedia
映画ドラえもん のび太の人類補完計画
本作品はドラえもんの映画作品。
ドラえもんとしては42作品目の劇場作品となる。
監督は堂山卓見、制作はシンエイ動画。
脚本は相棒シリーズやコンフィデンスマンJPを手掛けた古沢良太。
シリアス
映画冒頭からシリアスな雰囲気が漂っている、
22世紀の未来の北極でタイムパトロールが何者かを探しているものの、
そんな何者には逃げられてしまう。
一体彼は何者なのか、何を企んでいるのか。
映画冒頭から期待感を煽ってくる。
そして舞台はのび太たちの時代に移る。
おなじみのメンバーたちで「理想郷」とはなにかを
出来杉くんに教えてもらいながら、
ドラえもんらしい日常パートが描かれる。
あくまで空想上の存在である理想郷、
世界中にある理想郷の伝説、もしかしたらどこかにあるかもしれない。
そんな「if」をドラえもん映画は描いてきた。
空の上の都市、はるか昔の日本、宇宙etc….
ドラえもんの映画はそんな子供の想像力を刺激するような世界が描かれている。
この作品もまさにそんなあるかもしれない「理想郷」を描いている作品だ。
争いもなく、誰もが幸せで居られる、テストすらない世界、
誰かにいじめられることも、いじわるされることも、
暴力を受けることもない。現実世界において「のび太」はできそこないだ。
そんな彼だからこそ「理想郷」を求める。
非常にドラえもんらしい展開だ。
過去のドラえもん映画らしい導入はどこか懐かしさを感じる部分もあり、
だからこそ「藤子・F・不二雄」イズムを感じてしまう。
ある種の原点回帰に近いものがあるのかもしれない。
三日月型の島を見かけたのび太は「理想郷」かもしれないと思い込み、
そんなのび太たちによる「理想郷」探しの物語が始まる。
夢と冒険と未来、ドラえもん映画らしい始まりにワクワクしてしまう。
タイムワープ機能付きの飛行船で、のび太たちは
各時代の空に浮かぶ島を探し求める。
飛行船
ドラえもん映画といえば色々な乗り物や移動の際に
泊まる場所を覚えている人も多いだろう。
理想的な環境、未来の道具で作り出される住環境や、
そこで出てくる食事に子供の頃にワクワクしたはずだ。
この作品もしっかりとその要素がある。
ドラえもんが買った飛行船は古い中古で操縦室こそ狭いものの、
住環境は20世紀初頭のノスタルジックな家が立ち並び、
わくわくさせてくれる。
更におまけでもらった「インスタント飛行機セット」を使えば
映画オリジナルの衣装に早変わりだ。
序盤は本当に丁寧に「ドラえもん映画」らしさが詰まっており、
見ているうちに子供の頃を思い返すようなワクワクした気持ちを
味あわせてくれる。
だが、なかなか理想郷は見つからない。
本来ならここで「のび太」が意地を張ってジャイアンたちに
「もし理想郷がないなら鼻からスパゲティを食べてやる!」
というのが定番だが、残念ながらそのシーンはない(笑)
そんな中で空に浮かぶ月の島が見つかる。
近づこうとすると攻撃を受け、タイムワープ装置付きの
飛行船を破壊されてしまい、現代に帰れなくなってしまう。
これまたお決まりの展開だ。
ドラえもん映画のお約束をきちんと守る序盤にニヤニヤが止まらない。
理想郷
そんな理想郷は未来の技術が詰まった空の都市だ。
そこに住まう住民は完璧な住民ばかりであり、
争いもテストもなく、誰もが幸せに暮らしている。
ドラえもんすら知らない未来の技術が詰まった都市だ。
理想郷、パラダピアに住めば誰もが「パーフェクト」になれる。
のび太でさえ、運動神経抜群になり、テストでも百点が取れる。
ジャイアンの乱暴なところも、スネ夫のいじわるなところも、
しずかちゃんの強情なところも治り、パーフェクトになれる都市だ。
このあたり、中盤くらいから大人が見ると徐々にきな臭くなってくる。
誰もが幸せになれる世界、誰もが完璧になれる世界、争いのない世界、
そんな世界など「ありえない」ことは大人ならばわかっていることだ。
理想郷は完璧で争いのない世界を作ることを目的としている、
だが、なぜかそんな素晴らしいはずの思想を邪魔するものも居る。
理想郷の敵はなぜ理想郷を破壊しようとするのか、
この理想郷は本当に「ユートピア」なのか?
ここは決してユートピアではない、ディストピアだ。
教育
理想郷でのび太たちは「教育」を受けることになる。
体育と算数が合体した不思議な授業をうけ、
夜8時に寝て朝5時に起きる生活を続ける。
すべての住民が同じ生活、同じ教育を受け、
徹底管理された食事を食べる。
たった1日でのび太とドラえもん以外はパーフェクトな住民になっている。
ジャイアンは決してのび太をいじめず、頭も良くなり、
まるで「きれいなジャイアン」のようだ(笑)
だが、それは同時に恐ろしさを産んでいる。
理想郷が理想郷であるために、徹底管理された管理社会で
教育を受けた子どもたちは争いの心も、怒りの感情もなく、
無条件に人に優しくなっていく。
しかしそれは「個性」を失うことと同じだ。
ジャイアンが人に暴力を振るうのも、スネ夫がいじわるなのも、
それは彼らの欠点かもしれないが、そんな欠点があるからこそ、
人が人らしく、個性というものも生まれる。
人には得手不得手があり、完璧な人間など存在しない。
しかし、そんな個性があるからこそ、欠点があるからこそ、人は争う生き物だ。
人としての原罪ともいえるべきものだ。だがそれこそが人だ。
欠点を認め合うことが、互いを思いやる心にもつながる。
この理想郷での暮らしはそんな個性を奪うものだ。
人と全て平等に同じような性格、同じような存在にしてしまう。
ある種の「洗脳」を行っている。
確かにそれは「理想郷」へとつながるかもしれない。
平等に同じように考え個性のない人間だけになれば、
争いもない世界が生まれる。
だが、それは「人」を人と呼べるのだろうか。
理想郷を管理する「三賢人」は人を操る光を研究しており、
人を洗脳することで理想郷を作ろうとしている。
そんな洗脳を受けたジャイアンやスネ夫を見て、
のび太は三賢人への考えを否定するようになる。
こんなのはジャイアンではない、スネ夫ではない。
たしかに彼らの暴力やいじわるを嫌がっていた、
だが、それと同時にそれがかられの個性であり、欠点であり、
そんな欠点と個性があるからこそ彼らと友達だった。
怒ることも大笑いすることも泣くこともない。
勉強もスポーツも完璧にできるようになっても、争いがなくなっても、
人が人らしくない世界を「のび太」という主人公は否定する
パーフェクト猫型ロボット
理想郷にはパーフェクト猫型ロボットのソーニャが居る。
彼はかつてはドジばかりで使えない猫型ロボットだった。
だが、三賢人にパーフェクトなロボットに改造してもらい、
それ以来、三賢人のために理想郷を守る役目を負っている。
だが、のび太たちと出会ったことで彼は変わった。
のび太とドラえもんの口喧嘩を見て大笑いし、心を取り戻した。
同じ猫型ロボットであるドラえもん、
ドラえもんも決してパーフェクトな存在ではない。しかし、それでいい。
完璧ではない「人間」と対等な友だちになるために猫型ロボットはつくられた。
それでも呪縛は解き放たれない。
「ガラクタ」であった自分、使えない存在であった自分に対する負い目が
彼にはあり、三賢人への尊敬への念もある。
心では彼らに敵対したくないと思いつつも、彼は三賢人に抗うことが出来ない。
人類補完計画
そんな中で「のび太」すらも洗脳されてしまう。
三賢人の目的は世界中をこの理想郷と同じ環境にすることだ。
すべての人を洗脳し、すべての人から個性を奪い、
すべての人を平等にし、争いのない存在にする。
人が争うのは「心」があるからだ。犯罪を犯すのも「心」があるからだ。
だが、そんな「心」が人間を人間らしいものにしている。
これはある種の「人類補完計画」だ(笑)
新世紀エヴァンゲリオンでは人類補完委員会であるゼーレが、
不完全な存在である人類の心の壁を壊し、個を崩壊させ、
全人類が「1つの存在」になる計画だ。
1つの生命体になることで完璧な神に等しい存在になる。
この作品は形は違えどそれと同じようなことをしている。
人間から心を奪い、個性を奪い、全て同じ考えを持ち、
人類が争いも犯罪も侵さない完璧な存在になる。
まさに人類という原罪を抱えた存在を完璧な存在にする
もう1つの人類補完計画だ。
ドラえもんという作品でこの作品はエヴァをやっている(笑)
映画ドラえもん のび太の人類補完計画という
タイトルでもおかしくない。
ドラえもんがソーニャによって虫にされる姿を見て、
のび太は「心」を取り戻す。彼だけが洗脳の光にあらがい、
三賢人の考えに抗う。
完璧ではないドラえもんを否定され、「友達」の大切さを彼は訴える。
心を捨てれば争いはなくなるかもしれない。
欠点がなくなれば喧嘩もしないかもしれない。
だが、それは人間ではない。
ジャイアンやスネ夫やしずかちゃんの「欠点」を認め、
その欠点こそが個性なんだとのび太は叫ぶ。
そんな彼の叫びが友達の心を取り戻す。
自分の欠点を認めよう、そして他人の欠点を認めよう。
だからこそ世界は面白い、人間は面白い、
欠点を治すのではなく、治すことを強要するのではなく、
「自分と他人を認める」ことで世界は平和になるかもしれない。
そんなメッセージすらこの作品には含まれている。
のび太は、かつて新世紀エヴァンゲリオンで碇シンジが
導き出した答えと似通っている。
碇シンジは他人を傷つけることを恐れていた少年だ。
父に裏切られたことで、彼は人を信じることができず、
誰かに裏切られるかもしれないという恐怖が常に合った。
そんな彼は最終的に誰かと傷つけ合う生き方を選んだ。
野比のび太と碇シンジ、二人の主人公が同じ答えを導き出す
展開にワクワクしないオタクが居るだろうか(笑)
伏線
終盤はドラえもんらしい勧善懲悪な内容だ。
三賢人の裏にいる黒幕は悪いやつであり、
自分の野望のために世界中の人々を洗脳しようとしていた。
計画が潰された彼は理想郷をのび太たちの時代の
のび太の街へ落とそうとする。
そんな中で猫型ロボットである「ソーニャ」は自分の心を取り戻し、
ポケットも取り戻し、数多くの友達のために自らを犠牲にする。
自分のためではない誰かのために、大切な人のために己を犠牲にする。
それもまた「心」をもったものの行動だ。
理想郷なんていらない、この世界は初めから素晴らしいんだ。
のび太が自分の欠点を認め、他者の欠点を認め、
世界の見方が少しだけ変わる。
素晴らしいストーリーを見せてくれた作品だった。
総評:ドラえもんでエヴァ!?
全体的に見て素晴らしい作品だった。
序盤はドラえもん映画らしさがつまっており、
子供の頃から楽しんできたドラえもん映画らし導入から
冒険のワクワク感を高めつつ、ラストにいたるまで
ドラえもん映画らしさに溢れた作品だ。
しかし、この作品の根本にあるのは「新世紀エヴァンゲリオン」だ。
今作のテーマは理想郷だ、
争いもなく、テストもない、誰もが幸せになれる場所、
そんな場所を求めてのび太たちは冒険へと旅立つ。
そんな理想郷とはなんなのかを描いている。
人間という心を持った存在が誰しも幸せになって
平等になるためにはどうすればいいかを考えたときに出た答えが
「人類補完計画」である(笑)
エヴァと違って肉体自体は残っているものの、
魂とも言える「心」を洗脳によってなくすことによって、
この作品の黒幕は理想郷を作り上げようとしている。
心を失った人間ならば争いもなく、全て平等になれる。
確かにそれは理想郷なのかもしれない。
だが、本作の主人公である「のび太」と「ドラえもん」は
それを否定する。
心を失った友だちを見て彼らは理想郷の考えを否定し、
自分の欠点と他者の欠点を認めることで人間らしさを、
世界が少しだけ良くなる答えを見つけ出す。
きちんと練り込まれた設定と真っ直ぐなストーリーの中に
「新世紀エヴァンゲリオン」の要素が隠されており、
オタクならばニヤニヤしてしまう展開だ。
去年はワンピースでセカイ系をやった「ONEPIECE FILM RED」という
作品があったが、今年はドラえもんでセカイ系なエヴァを
やってしまうのは面白い試みだ。
大人も子供も楽しめる、ドラえもん映画らしいドラえもん映画でありながら、
大人ならばニヤリとしてしまう、素晴らしい作品だった。
個人的な感想:まさかの
この作品の感想を調べるとちらほらエヴァという
ワードがでて気になりまくってすぐに見た作品だったが、
本当にエヴァの要素がある作品だった(笑)
脚本を手掛けた古沢良太さんはドラマの方で有名なかただが、
ドラえもんという国民的なアニメでも、
素晴らしい脚本に仕上げてくれた印象だ。
きちんとドラえもん映画のお約束を守りつつ、
最後はドラえもん映画らしい「タイムパトロール」に
黒幕が捕まって終わるという展開で終わるものの、
中盤の展開は個性が爆発しており、セカイ系という
00年代に大ブームを巻き起こした要素を詰め込みまくっている。
去年のワンピースといい、今年のドラえもんといい、
もしかしたら「セカイ系」のブームが再び巻きおこってるのかもしれない。
セカイ系ブーム直撃世代のオタクとしては
今後の展開が気になるところだ。
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