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太宰治先生による、なろう添削道中「異世界失格」レビュー

異世界失格 ファンタジー
©野田 宏・若松卓宏・小学館/「異世界失格」製作委員会
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評価 ★★★★☆(64点) 全12話

TVアニメ『異世界失格』 PV第1弾|TV anime "No Longer Allowed in Another World" the first PV

あらすじ とある文豪と、その愛人がこの世を去った。憂い多き人生の如く渦を巻く激流へと身を投げ…るよりも早く、猛スピードで突っ込んできた〝例のトラック〟によって引用- Wikipedia

太宰治先生による、なろう添削道中

原作は漫画な本作品。
監督は河合滋樹、制作はAtelier Pontdarc

先生

異世界モノといえば異世界転生だ。
多くのなろう系主人公が血を吸うトラックにひかれて
異世界に転生するものの、この作品も小説家になろう原作ではないが
類に漏れず、トラックにひかれてしまう。

しかし、彼はもともと死のうと思っていた身だ。
先生と呼ばれる「彼」は愛人とともに入水自殺をしようと思っていた所、
いきなりやってきたトラックのせいで自殺ができず、
愛人の生死も不明だ。

この「先生」は太宰治そのものだ(笑)
タイトルからも分かる通り、太宰治を匂わせているものの、
作品の中であえて明言はしていない。

明言せずに、視聴者に察させることで
「もし太宰治が異世界に行ったら」といようなゲスさがでておらず、
逆に何処か粋にすら感じる。

彼は心中に失敗し、異世界に転生ではなく転移してしまった。
選ばれし冒険者として召喚された彼は「自殺」しようとする(笑)
神谷浩史さんが演じていることもあってか、
どこからともなく「絶望した!」という彼の声が聞こえてくるようだ。

冒険者としての使命、選ばれし異世界転移者ではあるものの、
「誰が選んでくれと頼んだ」と苦言を呈すしまつだ。
ちなみにトラックは異世界転移サービスであり、
元の世界で不幸せな人間を転移させる装置だ。

ことごとく「なろう系作品」をおちょこるような部分がある。
なろうあるある、なろうらしさ、
そんな「なろう要素」の数々を先生の価値観で捌いていく。
「イキり」「ドヤる」先生以外の異世界転移者ども。

そんな異世界転移者を多く導いた神官ですら
異世界転移者に飽き飽きしている。
しかし、先生だけは違う。イキることもドヤることもない。
ただただ自らの人生の幕を閉ざそうとしている彼に
神官は惚れてしまう(笑)

1話から予想外な展開を見せられ、コメディタッチで描かれる
ストーリーにクスクスと笑ってしまう。
ちなみに異世界転移したものは普通ならばチートな力を手に入れるものの、
先生には一切のチートな能力はない。弱すぎる異世界転移者だ。
先生は元の世界への未練もなく、生にたいする未練もない。

あるある全否定

異世界転移者といえば、ピンチな女性を救う展開が多い。
当然「先生」の前にもピンチな女性が現れるものの、
彼にはそんな力もない。
それどころか一緒に魔物に捕まってしまう始末だ。
生に対する願望がないからこそ、魔物に殺されるのもよしとしている。

だが死にきれない。
「太宰治」という人物の運命ゆえか、彼は人生で8回自殺をし、
そのうち7回未遂で終わっている。
そんな彼だからこそ、死にきれない。

彼の未練ともいえるのは愛人の行く末だ。
一緒に心中しようとした彼女も異世界に来ているのか、
彼の異世界での唯一の生きる意味だ。彼女を見つけ、心中する。
1話できちんと物語の方向性を指し示しており、
自然と先の展開が気になるようになっている。

1話の時点から二人の女性に好かれ、
2話の時点では更に王女様にも惚れられる。
ややモテすぎている部分はあるものの、先生自身が
そんなハーレム状況を受け入れず、勝手に女性がついてきてるだけだ。
ハーレム要素というなろう系要素すら逆手に取って状況づくりをしている。

魔王を討つために多くの異世界転移者がおり、
異世界転移者が異世界では好き放題している。
そんな彼らが魔王を倒し、異世界で自らの欲望を叶えようとしている。

触るだけで相手を言いなりにできる、
そんなチートな能力を持つ転移者までいる。
なんでもありだ、そんな彼らを前に「先生」はどうするのか。
小説のネタにする(笑)

なろう主人公否定

特別なスキルはない先生ではあるものの、
前世での「小説家」という職業の性ゆえに、
人間を観察し、自らの作品に落とし込む。そのための口論だ。

「身に余る力を得たものが欲に溺れて堕落する、
 実に人間らしいその様にボクは興味があってね」

数々のなろう系主人公が女を侍らせ、権力を手に入れ、大金を手にし、
神様からもらった力でイキリまくっている。
そんな彼らの前に先生は堂々と無能力のままで立ちふさがる。
先生の「言葉」が、現代にも残る名作を生み出した「太宰治」の
紡ぐ物語がある意味、彼のチート能力だ。

その人の人生を、その人の意志を無視して強制すること。
それは彼にとってはありえないことだ。
結婚相手を決められてしまうお姫様、
チートスキルで無理矢理従わせる異世界転移者。
彼にとって他人は、その人自身が紡ぐ物語だ。
そこに他者の意思は介入してはいけない。

だからこそ、転移者の物語を彼は引き出そうとする。
この世界に来て矯正された偽りの「チートな人生」ではなく、
元の世界での無様ともいえる人生、人間らしい弱さを感じさせる
「人生」という名の物語を彼は求めている。

与えられた力で人生を謳歌する、それは先生にとっては
興味のない物語だ。
自らの弱さに自らの力で向き合い、
ときに生きることに不安を覚え、破滅する、それが人間だ。
そんな物語を彼は求めている。

なろう系主人公の本性、描かれることが少ない前世の物語を暴き、
作品を紡ぎあげる。
勇者失格、異世界失格、そんなタイトルの本を彼が紡ぎ上げ、
本性を暴いた転移者を元の世界に返してしまう(笑)

この世界での異世界転移者の物語を終わらせ、
元の異世界転移者自身の本当の物語へと送る。
「太宰治」という小説家らしい能力、
転移者と戦うために召喚されし先生の特殊な能力が
序盤で描かれることで更に作品が盛り上がっていく。

巻き込まれ

先生はいわゆる巻き込まれ型だ。
彼自身がなにか自分の意志を持って何かをなすことはほとんど無い。
目的として愛人探しというものがあるものの、それすらも他人任せだ。
しかも移動ですら棺桶に入って他者に引かせている(笑)

だが、そんな巻き込まれた状況に先生は興味津々だ。
他者の人生をおのが作品にする。
異世界という元の世界ではあり得なかった状況やシチュエーションが
先生の創作欲を刺激する。

そんな先生の創作欲ゆえに、異世界に来て手に入れた能力が故に
多くの異世界転移者と戦うことになっていく。
丁寧なストーリーテリングが非常に心地よく、
「太宰治が異世界に来たら」という下手したら出落ちになりかねない要素を
非常にうまく使いこなし、ストーリーに落とし込んでいる。

「グラトニー」という何処かで聞いたことのあるスキルをもつ
異世界転移者も存在する(笑)
食ったもののスキルを取り込み使うことができる、
そんなチートない世界転移者に先生はどう挑むのか。

つまらない異世界転移者のつまらない物語を書かない。
先生の筆がのらない。しかし、筆が乗るものもいる。
彼のそばにずっと居て、彼が最初に異世界で助けた存在だ。
幼きころから王女として懸命に理想な自分でいようとした。
そんな彼女の物語を紡ぐ。

自らも気づいていなかった自らが忘れていた、
自らの物語を先生が引き出す。
決っして先生が戦うのではなく、自滅に導いたり、
仲間を助けることで勝利に導く展開が心地いい。

異世界でも人間は人間だ。
己の力に溺れるもの、金に目が眩むもの、欲にまみれるもの。
異世界の住人一人ひとりの人間らしさを先生は
小説家に目線で見つめていく。

そんな目線と先生だからこその言葉と行動ゆえに、
1つ1つのエピソードにきちんとした起承転結が生まれている。

終盤

先生は終始変わらない、ブレない存在であると同時に
「死にたがり」な行動がコメディリリーフとしても機能している。
そんな先生が異世界に来て過ぎた力を持ち堕ちた転生者と
対峙し、彼らの人生を暴き、己の作品に落とし込むことで
彼らを元の世界へと返している。

1クール通してそれは変わらず、最後までその繰り返しをしながら、
徐々にメインキャラクターも増えつつ、
ラストで先生は愛人である「さっちゃん」と再会する。

「積もる話は山ほどあるんだ、だが、その前に心中しよう」

先生らしい台詞回しだ(笑)
しかし、異世界に来て変わった多くの転移者と同じく、
先生もまた変わっている。
多くの異世界人とかかわり、死ぬよりも素敵なことを見つけてしまった。
自らが気づかない間に先生は生に対する希望を見出してしまっている。

死んでも先生は作家だ、作品が生きているからこそ執筆できる。
異世界という現世にはない世界の住人たち、
現世からやってきた堕ちた転移者たち、ネタの宝庫だ。
自らのことではなく、他者の面白い人生に先生は触れてしまった。

自らの生きがいを指摘され、主人公は絶望するものの
再び希望を見出し、先生の旅路は続いていく。
1クールでは序章ではあるものの、先が気になるところで終わっており、
ぜひ2期がみたい作品だ。

総評:恥の多いなろう主人公を暴き散らかす

全体的に見て、昨今のなろう系ブームを「逆手」に取ったような作品だ。
この作品の主人公は決してチートなスキリを持たず、
ステータスも最低だ、本人自体にやる気もなく生への渇望もない。
しかし「作家」な先生だからこそ、異世界の住民に、
異世界に転移したものたちの人生に創作意欲を掻き立てられる。

そんな先生の唯一の能力が「転移者」を元の世界に送り返すことだ。
彼らの物語を紡ぎ、驕り高ぶりを否定し、自らの人生に
改めて向き合わせることで元の世界へと返す。
そんな「なろう系主人公」を否定するような行動や台詞回しが
非常に心地よく、1クールスッキリと楽しめる。

主人公をあえて「太宰治」にしたからこその意味があり、
あえてそれを明言せずに匂わせている部分も素晴らしく、
あくまでもif、あくまでも太宰治と明言しないからこそ
この作品における「先生」という主人公像を確立している。

そんな先生もまた異世界で楽しんでしまっている。
生よりも死を求めていたはずなのに、異世界で出会った人々を
見れば見るほど創作意欲をかきたてられ、
関わってきてきた人たちとの旅路に生きる喜びを見出してしまっている。

ラストではそんな先生を否定する「愛人」が現れることで、
もう1度旅をする理由が生まれるというストーリーの
区切りをもしっかりとあり、作品全体として心地良いまでの
1話1話の起承転結と全体の起承転結が生まれている。

まるで太宰治が昨今のなろう系作品を「添削」するように
ピシャリと彼らの傲慢さを否定するのも、
なろう系ブームでお腹いっぱいな人たちの心を満たしてくれる(笑)

作画のクォリティも安定しており、
アクション、戦闘シーンを楽しむというような作品ではないものの、
安定した作画で1話から最終話まで楽しむことができ、
ぜひ2期が見たいところだが、その前に原作を読んでしまいそう
作品だった。

個人的な感想:予想外

個人的に何気なく観始めた作品だったが、
予想以上に完成度が高く面白い作品になっていて驚いた。
異世界転生やなろうという昨今流行りの要素を逆手にとり、
太宰治という文豪を主人公にすることでなろう作品を添削しまくる、
その姿が非常に痛快だった

シンプルに先が気になるところで終わっており、
2期がなくとも原作をチェックしたくなる、
というか、もうすでに1巻は私の手元にある(笑)
2期の発表を心待ちにしながら原作を読み進めたいところだ。

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