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神も仏も救いもない「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」レビュー

4.0
鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 映画
鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎
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評価 ★★★★☆(73点) 全104分

映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』ファイナル予告

あらすじ 廃刊間近となっている雑誌記者の山田は、廃村となった哭倉村へやってきた。引用- Wikipedia

神も仏も救いもない

本作品はゲゲゲの鬼太郎の映画作品。
ゲゲゲの鬼太郎の6期を基盤とし、
原作の墓場鬼太郎をもとに描かれる作品。
イメージとしては前日譚、エピソード0的な内容に近い。
監督は古賀豪、制作は東映アニメーション

昭和31年

本作品の舞台は昭和31年だ。
戦争が終わり約10年の月日が経ち、復興しつつある日本。
そんな日本の空気感の演出が本当に素晴らしい。

登場人物の多くは当たり前のように「タバコ」をふかしている、
今では考えられないが電車の座席でさえもタバコを吸っており、
どこか空気が濁っているような空気感さえ漂わせている。
慌ただしく動き回る人並み、どこか生き急いでいる人たち。

戦争という大きな代償から復興しつつある日本の空気感を
アニメという表現を最大限にいかしながら描かれており、
それが「タバコ」にあらわれている。

今はTVアニメですらタバコを出すことは難しい。
だが、そんなこと関係ないと言わんばかりに、
この作品の主人公である「水木」は常にタバコの煙をくゆらせている。
これぞ昭和31年、昭和の空気感の演出が素晴らしい作品だ。

都会は復興しつつあるものの、田舎はまだ閉鎖的な世界だ。
そんな閉鎖的な村に住む「龍賀一族の当主」が
亡くなったことで物語が動き出す。

横溝正史

この作品をみた方の多くが「横溝正史」の名前を頭に浮かべるはずだ。
彼が戦後の手掛けた八つ墓村や、犬神家の一族、獄門島など、
1度は読んだことがある方ならば、この作品をみて
「横溝正史」の名前が浮かばないわけがない(笑)

閉鎖的な村、そこに住まう一族の事情、そしてそこで起る殺人事件。
この作品はおそらく意識的に「横溝正史」イズムを取り込んでいる。
主人公である水木は龍賀一族の謎を解き明かすために、
田舎の山奥の村に訪れ、そこで開かれる遺産相続の場に居合わせる。

当主に選ばれるはずだった次男は当主に選ばれず、
長年引きこもっていたヒョロヒョロの長男がなぜか当主に選ばれる。
莫大な資産、莫大な権力を引き継いた男、
それに不満を持つ親族の数々。なにもおこらないわけがない(笑)

翌日、当主は目を貫かれたな姿で殺されている。
一体誰が殺したのか、疑心暗鬼になる中で、
怪しげな男が村に迷い込んでくる。

鬼太郎の父だ。白髪で着物姿のひょろひょろの男、
村の住民にとっては部外者であり、怪しい存在だ。
彼が当主を殺したと決めつけ「処刑」しようとした矢先、
主人公である水木がそれを止めに入る。

だが、村の住民はそれを訝しげな目で見つめている。
まるで証拠もなく断罪するのが当たり前のように、
何かを重大ななにか隠した彼らは怪しげな雰囲気をまとっている。
しかも村への唯一の道は崖崩れを起こして封鎖されてしまっている。

クローズドサークルだ(笑)
嵐が吹き荒れれる孤島などを指す言葉だが、
陸の孤島となってしまった村という状況もまさに
クローズドサークルであり、そんなシチュエーションに
ワクワクしないミステリー好きがいるだろうか?

この作品はゲゲゲの鬼太郎の世界を基盤としているが、
やっていることが横溝正史の世界だ。
令和に蘇る横溝正史イズム、私はクローズドサークルであることが
発覚した時点でおもわず笑ってしまったほどだ。

主人公である水木は探偵役だ。
風貌的にはゲゲゲの鬼太郎の父である「ゲゲ郎」のほうが
金田一耕助のような見た目をしているが、探偵役は水木だ。

村の住民たちは何を隠しているのか、
一体誰が当主を殺したのか、
ときおり村にこだまする「龍のような咆哮」はなんなのか。
序盤から中盤まで謎が謎を呼び、見る側の恐怖心を煽っていく。

ホラー

しかし、忘れてはいけないのが、この作品が「ホラー」であることだ。
横溝正史の世界ならば探偵役が犯人を見つけ出し、
推理を披露するだけだが、この作品は横溝正史の世界を
基盤に置きながらも、あくまでも「ゲゲゲの鬼太郎」だ。

村に訪れたゲゲゲの鬼太郎の父である「ゲゲ郎」は妻を探している。
彼は長年生き別れになった妻を探しており、
そのすえに、この村にたどり着いている。彼は「妖怪」だ。
幽霊族の数少ない生き残りであり、
同じ幽霊族である妻を探している。

最初はそんな彼の事情を聞いても水木は信じない。
彼にとって幽霊はおとぎ話の世界のものであり、
「存在しない」ものと認識している。
だからこそゲゲ郎の事情を聞いてもどこか上の空だ。

だが、そんな彼も「妖怪」をみてしまう。
村の誰もがはいってはいけない禁忌の場所に訪れ、
彼はそこでこの世のものとは思えない存在に襲われる。

このあたりのアクションシーンの演出は素晴らしく、
決して素早く動かすのではない、キビキビとしたアクションで
1シーン1シーンの動きをきちんと見せながらも、
妖怪だからこその「ゲゲ郎」の戦闘シーンにはおもわず目を奪われてしまう。

殺人事件も次々と起こっていく。
決して人間にはできないような姿で発見される被害者たち。
もしかしたら、今回の事件には「妖怪」が絡んでいるのかもしれないと
感じた水木はゲゲ郎とともに事件の捜査に乗り出す。

ゲゲ郎の妻はどこへいったのか、水木が求める謎の薬「M」とはなんなのか。
一見関係ないように思える要素の数々が徐々に
一本の糸のように繋がっていく。

バディ

この作品はいわゆるバディものでもある。
人間であり、もと軍人だった水木と、妻を探している妖怪のゲゲ郎。
最初はふたりとも違いを信頼していない。
だが、腹のうちをさらけだし、互いに酒を飲み詳し、
タバコを分け合う中になることで信頼関係が構築されていく。

ゲゲ郎は基本的人間を信頼していない。
幽霊族や妖怪たちは人間がこの世に蔓延る前から、
この世界に住んでいたものの、人間たちが生息域を広げ、
妖怪たちを「狩っていた」過去も存在するからこそ、
簡単に人間を信用はしない。

水木もまた「人間」というものの怖さを知っている。
戦争の中で消耗品のように消費されていく兵士たち、
上司たちの傲慢さ、自分たち下の人間は消費されていたのに
上流階級の人間は戦争中も豊かに暮らしていた。
だからこそ、水木は成り上がろうとしている。

妖怪と人間、互いに立場は違えど、
「人間」というものを根本的に信用していない。
あくまでも最初は互いの目的のために互いを利用していただけだ。
だが、徐々に生まれる信頼関係が種族の垣根を超えて、
二人の信頼関係を紡ぎ出している。

そんな水木を信頼しているのはゲゲ郎だけではない。
龍賀族に生まれた「龍賀沙代」もまた、水木に固執している。
田舎で生まれ育ち、一族の掟に縛られた彼女は「自由」を求めている。
東京から来た水木という男は彼女にとって自由の象徴だ。
白馬の王子様といってもいい。

自分を東京へ連れ出してもらうかわりに、
彼に自らの一族のことを話てくれる。今作におけるヒロインだ。
だが、そんなヒロインが今作で1番といってもいいほど
むごたらしい目にあっている。

真実

終盤になると数々の真実が明らかになる。
この村は村ぐるみで「M」を生成している。
このMは不死身とまではいかないものの、接種すれば
ものすごい身体能力を得ることができるものだ。

しかし、そのMの原材料は「幽霊族」と「人間」だ。
そんな原材料を得るためにこの村の住民は、
龍賀族とともに多くの人間をさらい、管理し、
幽霊族を狩り、Mを生成して巨万の富を築き上げている。

巨万の富という人間の欲望の裏で、
多くの人間、そして幽霊族が犠牲になっている。
それは同じ「龍賀族」の人間でさえ同じだ。
霊力の強い人間を生むために龍賀族は「近親相姦」をし、
子供を産み続けている。

その犠牲者の一人が「ヒロイン」だ。
彼女はここで語るのも億劫になるほど吐き気を催すことをされている。
そんな事情を感じさせずに恋する乙女として序盤から中盤描かれているただけに、
彼女の事情がさらっと語られるだけで主人公である水木と同じく、
おもわず吐き散らかしてしまいそうなほどだ。

そういうシーンが描かれるわけではない。
あくまでも「セリフ」として語られるだけだ。
だが、語られるだけでも想像できてしまう惨たらしく
醜悪な行為におもわず吐き気すら催すほどだ。

己の欲望のために、人の業ともいえる欲望のために、
多くのものが犠牲になっている。
水木はそんな真実を知ったからこそ、
逃げることも、その巨万の富を得ることもできる立場に居いる。

全てに目を背け東京に帰るか、
全てを受け入れ自身も龍賀族にくわわり巨万の富を得るか。

主人公である水木はどちらの選択もしない。
自分がかつて戦争で味わったように、誰かを犠牲にして
自身が富を得ることも、そこから逃げることも彼はしない。
彼はすべてを受け入れ、そして全てを拒絶する。

たった一人の人間が人間の欲望に挑む。

長田時弥

彼もまた犠牲者の一人だ。幼い彼はまだ何も知らない。
自分が何のために生まれたのか、一族が何をしているか。
何も知らない純真無垢な子供は、
純真無垢だからこそ水木にもゲゲ郎にも純粋に接してくれる。
だが、そんな純真無垢な子供ですら人間の欲望のために利用される。

「魂」を追い出され、老いた権力者にその体を奪われてしまう。
もう取り戻すことはできない。
傲慢な男の欲望のために「女」と「子供」が犠牲になっている世界だ。
あまりにも醜悪な黒幕の行動に本気で嫌悪感を抱いてしまう。

ゲゲ郎の妻も、彼の欲望のために利用されている。
この作品に救いと言えるものは殆どない。
人の欲望が惨劇を産み、女と子供が犠牲になり、誰も救われない。

因果応報だ。
欲望のために多くのものを犠牲にしてきたものは、
その犠牲にしたものに殺される。
血で血を洗うような終盤の展開は目を背けたくなるほど
心を抉る展開ばかりが続く。

唯一の希望はそこにある。「鬼太郎」だ。
この作品はタイトル通り鬼太郎が生まれるまでのストーリーが描かれている。
だが、そこに至るまでの憎悪の連鎖、人間の業、
犠牲になったものがあまりにも多い。

瓦解

この村は閉鎖的な村だ。そんな村は変化を嫌う。
外からやってきた人物、外から持ち込まれたものは
変化を生んでしまい、閉鎖的な村が壊れてしまうかもしれない。
そんな村に水木とゲゲ郎がやってきた。それが大きな変化になる。

抑え込んでいた自身の感情が抑えきれなくなり、
多くのものが変化したからこそ、多くの犠牲が生まれる。
犠牲の上に成り立っていた村自身もまた、怨嗟の渦に巻き込まれる。

そんな光景を目にした水木は全てを破壊しようとする。
Mを利用し、復興した日本。
犠牲の上で復興した今の日本の価値はあるのか。
だからこそ彼は全てを破壊し、なかったことにしようとしてしまう。

だが、それを止めるのは「ゲゲ郎」だ。
自らの子供が生まれることを知り、水木という親友を得た彼は
人間や日本という国に絶望するのではなく、
これから先の「未来」を信じ、未来をみてみたいという思いが生まれる。

多くのものが犠牲になり、最後はゲゲ郎も彼の妻も犠牲になる。
残ったのは水木と、生まれた鬼太郎と、ゲゲ郎の未来を見るための「目」だけだ。
多くの絶望の中で生まれた1つの希望、忘れてしまった思いの中に残った
未来への希望はパンドラの箱のようだ。

多くの絶望が解き放たれ、最後に残ったのはたった1つの希望だけだ。
ラストに少しだけ救いはある、だが、神も仏も救いもないこの作品を
見終わった後はおもわず深いため息を付いてしまうほど
重い作品だった。

総評:至高の和製ホラーミステリー

全体的に見て素晴らしい作品だった。
以外にもアニメで「ホラー」というジャンルは少ない。
そんな中でアニメ映画という媒体で、
横溝正史のような世界観で描かれるゲゲゲの鬼太郎世界が素晴らしく、
序盤から中盤まではミステリーな空気を出しながら、
終盤はホラーというジャンルにふさわしい救いのない展開の数々が待っている。

アニメーションのクォリティも素晴らしく、
戦後、昭和31年の日本の空気感、煙たくなるほどのタバコの描写、
戦闘シーンではこれでもか!とゲゲ郎が動きまくり、
キビキビとしたアクションで盛り上げてくれる。

ストーリーも本当に容赦がない。
ほとんどのキャラクターが死亡するか、何らかのひどい目にあっており、
そんな惨たらしい展開の数々を見せることで、
精神的に見てる側を蝕んでいく。

唯一の救いは本当に僅かなものだ。
そんなたった1つの救いがあるからこそ、
見終わった後の感覚もわるくない。だが、思い返すと非常に重い作品だ。
女性にも、子供にも本当に容赦がない。

映画自体はPG12の作品であり、
小学生以下の子供も見ることができる作品だが、
年齢設定をしたのは誰だ!と呼び出したくなるほど
「R18」な作品だった(苦笑)

個人的な感想:予想外

見る前は墓場鬼太郎くらいの雰囲気なのかな?と甘く見ていたのだが、
序盤は横溝正史な世界に歓喜したかと思えば、
中盤からは見る側をえぐるような展開が多く、
終盤のほんのわずかな救いに救われて終わる作品だった。

興行収入はそこまで伸びていないようだが、
和製ホラーが好きな人、横溝正史な雰囲気が好きな人には
ぜひおすすめしたい。
鬼太郎の知識はアレば楽しめる部分はあるものの、なくても楽しめる。
素晴らしい前日譚な作品だった。

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